"とがった人材"の必要性
2023.08.12
・我が国で技術革新の低迷が言われてから、久しい。どうも基本問題は、日本型組織が"とがった人材"を活かせないところにあるようだ。
・数年前にアメリカのイノベーション専門家が「世界を動かすイノベータの条件」という本を出した。原書のタイトルは、”Quirky”である。この言葉は辞書を引けばわかるように、”奇抜な”という意味を持つ。つまり卓抜なイノベーションの担い手は、人格円満で人当たりがよく、組織になじみやすいといった個性とは縁遠いようだ。
・この本が取り上げたのは、キューリー夫人、トーマス・エジソン、アルバート・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、スティーブ・ジョブス、イーロン・マスク、ニコラ・テスラである(同書、p16)。
・彼らに共通するのは、孤独を恐れないこと、将来に関して明確なビジョンを持つこと、そしてそれを実現する才覚のあることだろう。
・翻って日本の組織を見ると、こうした人たちが生き延びる可能性は高くない。たとえばイーロン・マスクを日本の大会社に置いてみたら、ひと月もたたないうちに辞めるのではないか。
・では日本にも"とがった人材"はいないのか。少し古い話になるが、第二次大戦において日本が誇る二大技術は零戦と酸素魚雷(93式魚雷)と言われている。酸素魚雷とは、燃料の酸化剤に空気の代わりに酸素を用いるもので、排気ガスは水に溶けて雷跡を引かないこと、速力が速く航続力が長いことが特徴である。問題は燃焼反応が激しいため、爆発しやすいことで、実用化したのは日本のみといわれている(ウィキペディアによる)。
・これを開発したのが海軍艦政本部の岸本鹿子治少将である。この岸本少将のことを阿川弘之は以下のように述べている(p25)。
「日本海軍が世界に誇りえた数少ない兵器の中に、93式魚雷がある。昭和8年に試作品が完成したが、・・・画期的新機軸は、保守傾向の強い海軍部内で、・・・通りが悪かった・・・それを『艦政本部に岸本鹿子治という土佐犬みたいな男がいて、軍令部と命がけの大喧嘩をしてやっと実現させた』・・・その功労者岸本少将自身は、上層部と折り合いが悪く、昭和14年海軍をやめて三菱に入った」
・つまり魚雷開発の功労者は海軍にいられなかったのだ。
・これで思い出すのが、東芝のフラッシュメモリー開発に関するエピソードだ。これは、NHKが「ブレイブ 勇敢なる者 『硬骨エンジニア』」として放送したから、見た方も多いだろう。この場合にも、東芝は、NAND型フラッシュメモリーの開発者舛岡冨士雄を正当に評価できず、氏は東北大学に移ることとなった。
・こうした例は、特にIT開発では数多い。たとえばピアツーピアソフト開発者の金子氏は逮捕されたし(のちに無罪確定)、インテル4004の開発に携わった嶋氏は、日本で場所を得なかった。
・狂気じみた個性を持ち、何を言っているのかさっぱりわからず、人付き合いもうまくない、こうした人々が日本の組織で生きていけないと、日本が世界をリードするような技術は生まれないだろう。
(来週は所用のため、一回お休みします)
(参考)
・メリッサ・シリング、「世界を動かすイノベータの条件」、染田屋茂訳、日経BP、2018・阿川弘之、「井上成美」、新潮社、1992
・NHK、「ブレイブ 勇敢なる者 『硬骨エンジニア』」、2017年11月23日