世界経済の現状をどうみるか:デロング教授の意見
2022.12.04
・最近読みだしたのが、経済史専門家デロング教授の、”Slouching towards Utopia(「ユートピアへの疾走」とでも訳すか)”だ。この本は1870年代から現在までの経済的変化を、特に産業革命とその経済社会的インパクトに焦点を当てて、壮大な歴史ドラマとして著わしている。
・そこでの中心テーマは、”長い20世紀”(the long 20th)である。つまり1870年から2010年までを、英米の卓越とかってない経済成長で特色づけられた時代と定義している。逆に言えば、それが終わりつつあるのが現代というわけだ。
・この本や、ゴードンの本(アメリカ経済成長の終焉)を読むと、経済学が、精巧な機械仕立てのおもちゃから、歴史的叙述(Grand narrative histories,Delong P2)へと転換しつつあることがよくわかる。こうしないと、現代的課題に取り組むことができないからだ。
・最近フィナンシャルタイムズ紙が、このデロング教授に、ウクライナ戦とコロナ禍に直面している世界の現状をどう見るかをインタビューした。以下その内容を紹介する。
*1870年から2010年までは、シュンペーター流の創造的破壊で特色づけられる。これによって巨大な富が形成されたが、同時に問題も生じた。
*とくに富の分配問題はうまく処理できなかった。それは変化のスピードが速かったため、社会・政治・経済システムをそれにうまく対応させられなかったからだ。
*”長い20世紀”は21世紀初頭に終わりを告げる。成長エンジンだった技術革新が止まり、他方で温暖化や核拡散の問題が顕在化し始めた。
*アメリカはもはや世界の将来を形作る場所とはみなされなくなった。
*生産方式は大量生産からより複雑なやり方に変わりつつある。こうして大量の工場労働者が不要となる。彼らの存在は政治的安定の要だが、いまやそれが失われつつある。一つの反映が1970年代末からのネオリベの台頭だ。
*トニー・ブレア(元英国首相)やクリントン大統領は大きな政府は終わったと述べた。しかしかれらは大したことができなかった。
*アメリカに代わって台頭しつつある中国だが。中国流の監視資本主義(surveillance capitalism)もうまくとは思えない。
*現在のインフレについていえば、経済が新たな状態に入るとき、事態をうまく運ぶためには、ある程度のインフレが必要だ。歴史的な例でいえば、第二次大戦後の1947年から1951年がこれに相当する。この場合、2%程度の物価上昇が望ましい。しかし現在のウクライナ戦はインフレ圧力をさらに強め、その収束を難しくするかもしれない。
*まずやるべきは、①所得分配の公平化(特に幼児を抱える若い母親向け)、②中等教育の無償化、③ニンビズム(nimbyism:ごみ処理など施設の必要性は認めるが、自らの居住地域には嫌だ)への戦い、④自由の女神像をもう一度思い出すこと。
・以上がデロングの議論だが、これは日本の現状にたいしても基本的に当てはまる。働く若い母親への援助(日本では性的産業への従事者は対象にされなかったようだ)、教育の無償化(公立高校や国立大学を対象とすればよい)は役に立つ。
・そんなことをすれば、財政が厳しいというかもしれないが、無駄を省けばよい。たとえば、財務省や経産省は本当に必要だろうか。前者は赤木問題も処理できず、後者は産業構造固定化の守護神となっている。太平洋戦争後に陸軍と海軍が廃止されたが、特に困らなかった。こうした過去の経験を今生かすべき時だろう。
(参考)
・J.Bradford Delong,Slouching towards Utopia,Basic Books,2022
・Martin Sandbu,"Brad Delong:'The US is now an anti-globalisation outlier",FT,Nov,25,2022
・Robert J.Gordon,The rise and fall of AmericanGrowth,Princeton Univ.Press,2016
ロバート・J・ゴードン,アメリカ経済成長の終焉(上、下)、 高遠 裕子、山岡 由美 ,2018,日経BP