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アクシデンタル・ポリティシャン論:政治に“ゆらぎ”を

アクシデンタル・ポリティシャン論:政治に“ゆらぎ”を

  2022.05.14

      

・昨年10月に衆議院議員選挙が行われ、与党が勝ち、友好政党と合わせて過半数を獲得した。この結果を国民が特に積極的に求めたとは思わない。筆者を含めた多くの人が、やむを得ず投票に行き、選択肢のないことに不満を抱きつつ投票したはずだ。

 

・投票に気が乗らない理由は、積極的に投票すべき候補者や政党が見当たらないからだ。たとえて言えば、金を渡されてスーパーに買い物に行ったが、買うべき商品が見当たらない。仕方がないので欲しくもない商品を買ったのと似ている。

 

・こうした状況に対して、政党や政治学者から様々な改革案が示されている。新党構想や新たなリーダー待望論などだ。しかし、ここでは全く異なる角度から政治システムの“改革”案を提示してみたい。

 

・アイデアの元は、イタリアの若き物理学者プルチーノ等が書いたアクシデンタル・ポリティシャンという論文だ。これは“政治家くじ引き選出論”とでも訳すべきかもしれない。

 

・プルチーノは民主主義の元祖であるギリシャでは、政治家の一部は投票ではなく、くじ引きで選ばれたという。なぜこのような仕組みが民主的決定に役立つかを、エージェント理論を使って説明したのがこの論文だ。

 

・プルチーノの計算例では、議会の定数500人で、与党が6割、野党が4割という2大政党制が取られたとき、150人をくじ引きで選べば良いという。つまり350人は選挙で、150人はくじ引きで選ばれる。ちなみにこのくじ引き人数は、与野党比率や議員定数によって変化する。

 

・くじ引き選出議員は選挙で選ばれた議員と全く同じ権利を持つ。つまり任期の間、多額の報酬と、政策提案権が与えられる。この150人という人数は、与野党が政策を議会で通したいときに、一定の影響を与える絶妙な数字だ。この150人を与野党どちらが味方につけるかで、結果が変わってくる。このため政策内容に膨らみがでて、多様な民意が反映させる可能性が高まる。

 

・しかもくじ引きで選ばれた議員はランダムに選ばれるから、既存の圧力団体や利益代表団体と無縁である。したがって議会では、長期的かつ特定団体の利害にとらわれない判断や発言が可能になる。こうすることで議会の運営効率は飛躍的に高まるというのがプルチーノの主張だ。こここで運営効率とは、その社会が当面する様々な課題に対して、議会で先見性がありしかも有用な対策が提案され、実現されることを意味する。

 

・この論文を読んで感じるのは、政治家の専門性とは何かということだ。たとえば理論物理の学会にくじ引きで素人を参加させても、議論を深めるのに何のプラスにもならない。こうした場合、くじ引き選出システムは役立たない。しかし政治の世界はどうか。現在ベテラン政治家といわれている人々は、何らかの誇るべき専門性を持つのだろうか。くじ引きで選ばれた素人とベテラン政治家を並べたとき、後者に何らかの強みがあるのだろうか。ベテランが誇れるのは、せいぜい関連業界と深い関係を持つとか、もしくは役人の取り扱いに慣れているといったことしかないように思える。これは単なる癒着であり、本来の専門性とは関係がない。

 

・一定数の政治家をくじ引きで選ぶというのは、ここにポイントがある。日本でも、特に小選挙区制になってから、政治論議に多様性が失われつつある。1994年まで行われていた中選挙区制のもとでは、複数定員制であったため、保守党でも、改憲派が一人、護憲派が一人という形で政治家が選ばれた。つまり与党も多様な意見を包摂する余地があった。しかし今の小選挙区制では、各党一人しか立候補できない。しかも政党の公認権は幹事長が握っているから、執行部の意に反する議員は公認の見込みすらない。また党議拘束があるため、党議と反するような投票や発言を所属議員が国会で行うことはほぼ不可能だ。こうしたことが日本の政治システムの弾力性を失わせている。

 

・エージェント理論が提案するのは、硬直したシステムに“ゆらぎ”を与えて、活性化することだ。これを技術的に言えば、局所解に陥っているシステムにカツを入れて、大域的な最適解への道を探ることである。これは遺伝子アルゴリズムがよく使うやり方だ。

 

(参考文献)

・Pluchino A.,Garofalo C.,Rapisarda A.,Spagano S.,”Accidental politicians: How randomly legislators can improve parliament efficiency”(アクシデンタル・ポリティシャン、ランダム化の導入が議会の効率を改善する),Physica A.,390(2011),3944-3954

・ナシーム・ニコラス・タレブ、「反脆弱性」、望月衛監訳、千葉敏生訳、ダイアモンド、2017年, 180ページ。