· 

農業問題を考える

農業問題を考える

 2022.05.01

・最近農業問題にちょっと興味を持ち始めた。きっかけは、牛乳が産地で捨てられているとのニュースを見たからだ。そういえば昔キャベツが豊作で価格が下がり、産地で生産者が泣く泣くつぶしていた画像を見たことがある。IT時代の今日、もう少し何とかならないものか。

 

・筆者自身の体験(消費者として)を言えば、夏に信州に行ったところ、桃農家がその朝摘み取った果実を近くの道ばたで売っていた。まさにとれたてのおいしさだ。ただしこれを東京のような大消費地に向けると、流通に時間をとられるため、完熟前の果実が出荷され、このおいしさ(と安さ)は期待できない。さてどうしたものか。

 

・まず手に取ったのが竹下先生の本だ。この本ではいろいろなことを教えられた。それをざっと整理する。

 

 *日本の農産物生産量は世界で見てかなり多い(竹下本p31、以下統計出所はFAO)。例:ほうれん草、ネギ(ともに世界3位)、レタス(同6位)、なす(同7位)、ミカン(同8位)、栗(同8位)など。

 

 *しかし単位面積当たり収量はかなり低い(日本がベストテンに入るのはイチジク7位、玉ねぎ9位ぐらい)。これに対し中東の小国イスラエルは、アーモンド(世界1位)、食用トウモロコシ(同4位)、ニンジン(同4位)など。

 

 *日本の農薬使用量は世界的にみて多い。農地ha当たりでみると、11.4kg。これに並ぶのは中国(13kg)。アメリカは日本の1/5、イギリスは1/4、ブラジルは1/3。

 

 *以上を整理すると、日本農業は、①農薬の大量消費、②総生産量は世界並みだが、③単位面積当たり収量は大したことがなく、効率性に問題を抱えている(竹下本、P35)。

 

 *それでも日本農業がやってこれたのは、①鎖国を続けてきたこと、②膨大な補助金のおかげである。これをオランダと比べると、オランダはトマトの輸出率110%(100%を超えるのは輸入分の一部を輸出しているから)、きゅーり95%、レタス88%など輸出で農業を支えている。

 

 *日本の農家収入のうち49%が補助金となっている(PSEベース、OECDによる、p48)。これに対しEUのPSEは18%、アメリカは9.8%。オーストラリアやニュージーランドは2%以下。日本の農業補助金総額はアメリカを上回っている(約4.6兆円)。

 

 *日本の食糧自給率は38%(2017年)。これはカロリーベースでの計算。竹下先生によると、「カロリーベース自給率というのは、日本が発明した計算方法で、世界でこんな奇妙な計算方式を採用している国は一つもない」(竹下本、p54)。このため自給率には野菜や果実の貢献がほとんどなくなる(これらはカロリーが低い)。

 

 *また自給率算定にあたっては、和牛も牛乳も卵も入ってこない。それはエサが外国産のため。牛乳の74%、玉との88%が外国産ということになる。

 

 *日本がこうした自給率をつかっているのは、日本農業がいかに弱いかを世界にアッピールし、関税引き下げを防ぐためだった。

 

 *日本の農地は細切れになっている。このためha当たりのトラクターは45台もある(アメリカは3台、イスラエルは7台)。

 

 *日本の農業輸出策は、「フェラーリーやランボルギーニ路線」(竹下本p90)で、こうした裕福層マーケットはすぐ飽和してしまうため、拡大余地はあまり大きくない。

 

・こうした竹下先生の指摘は、われわれ門外漢にとって実に新鮮だった。ではどうすればよいかというと、竹下先生はIT技術を利用して生産性を挙げることを提唱されている。これはなかなか興味深いのだが、筆者の感覚からすれば、AIにすこし期待をかけすぎな感じがする。たとえば最近のキッシンジャー(アメリカの元国務長官)・エリック・シュミット(グーグルの創始者)、ハッテンロチャー(MITにおけるAI部門の中心人物)本を読むと、この本は基本的にAI礼賛本だが、AI専門家がAIに関して慎重な立ち位置をとっていることがわかる。いずれにせよ日本農業に関して竹下先生の分析はほぼ正しいのだから、それの転換が待ったなしであることは事実だろう。特に将来の財政事情を考えると、このまま補助金を増やし続けて、現在の農業を維持していくことはほぼ不可能だろう。

 

・農業に関して、もう一つ久松さんの本を読んだ。これは農業の素人が、近郊農業にみづから挑戦し、様々な課題を乗り越えて経営を軌道に乗せた話だ。彼は問題は、「農業が他の事業に比べて参入しにくく、就農までたどりつける率が低い」(久松本、P180)ことにあるという。そして農業の活性化には、生産手段の流動化(人と土地がもっと自由に動くこと)だという。

 

・この2つの本を読んで、思ったのは、この分野にも既存組織の特権が存在し、それが発展の邪魔になっているということだ。日本が変わるにはこうした既存組織の非効率性を打ち破る必要がある。しかしその時間的余裕があるかどうか。

 

(参考)

・竹下正哲、「日本を救う未来の農業」、ちくま新書、2019

・久松達央、「キレイゴト抜きの農業論」、新潮新書、2013

・Henry A.Kissinger,Eric Schmidt,Daniel Huttenlocher,The Age of Ai:And Our Human Future,Little,Brown&co,2021