CEPIに関して
2020.02.12
・最近は外国の本を読むことが増えている。残念ながら日本には、相場英雄や海堂尊などの小説を除いて現実に肉薄する本が見当たらないからだ。
・外国書の中でも特に面白かったのが、マーガレット・ヘファーナンの"Uncharterd"だ。このタイトルは「海図なき時代」とでも訳すべきか。
・ヘファーナンは英国人だが、起業家、CEO、作家など多様な肩書を持つ。ある評者によれば、彼女は21世紀のカール・ポッパーだという。それだけ物事の本質に迫る分析が鋭いといえる。しかも彼女は現場主義で、書斎に閉じこもらない。興味を持った人には、すぐ会いに行き、議論を交える。まるで日本の幕末蘭学者のようだ。
・ちなみにここで引き合いに出されたカール・ポッパー(1902-1994)は英国の哲学者で、マルクスの歴史的必然論を論破したことで知られる。「開かれた社会とその敵」が代表的著作だ。また「歴主主義の貧困」は市井三郎先生が訳しておられる。
・ヘファーナンに戻るが、彼女がCEPI(以下に説明)のことを記している(第10章)。その章のタイトルは、”危機に備える”(Be Prepared)で、CEPIの有り様そのものだ。
・CEPIの正式名称は、Coalition for Epidemic Preparedness Innovationで、感染症対策イノベーション連合と訳されている。CEPIが今回のコロナショックにおいて、人々の命を救った貢献度は計り知れない。
・この機関は、エボラ出血症のような世界規模の流行の恐れのある感染症に対するワクチン開発を促進するための組織で、2017年発足した。2017年と言えば、コロナショックが始まる3年前のことだ。
・その責任者はリチャード・ハッチェト(Richard Hatchett)だ。彼はアメリカ生まれの医者で、2001年当時、ニューヨーク市のスローンメモリアル スローン ケッタリングがんセンタに務めていた。
・彼はニューヨーク市の病院システムが、緊急時に即応できるようにするには何が必要かを考た。そのためには、どのようなインフラが必要か。それを考えると、従来の効率重視型組織ではだめで、非常時に備える想像力を持ち、かつ伸縮自在な組織が必要であるということになる。このアイデアが今回のCEPIにも生きている。
・その後彼は政府勤務などを経て、世界的な感染症に備えるCEPIを作り上げた。彼の言葉を借りると、CEPIとは「将来の感染症から人々を守るための世界規模での保険」である。つまり感染症が急拡大する前に有効な対策を世界規模で打つための組織だ。
・CEPIは今回のコロナ感染の防御に大きな役割を果たした。責任者のハッチェトはワクチン開発・生産にあたりジャスト・イン・タイム方式を採用し、大量のワクチンを効率よく生産する仕組みを作り上げた。たとえばモデルナのワクチン開発の初期段階で資金を投じている。またアフリカにおけるワクチン生産も援助した。またかれはセス・バークレー(Seth Berkley)とともに、COVAX(安全で有望なワクチンを世界が公平に受け取れるようにする仕組み)のコンセプトを2020年に作り上げた。
・なお付け加えておけば、CEPIにはゲイツ財団(マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツの財団)も1億ドルを寄付している(2017年)。この財団はIHME(ワシントン大学ヘルス指標・評価センター)にも2.8億ドルを寄付した(2017年)。IHMEのコロナ感染予測はわれわれもいつも参考にしている指標だ。
・こうしてみると、今回のコロナ渦から学べることは多い。第一は、問題が起こる前にそれに対処する組織を作ることが重要だということだ。ヘファーナンの書物に戻れば、これが”危機に備える”(Be Prepared)ことを意味する。それには、将来に対するしっかりしたビジョンを持ち、それを具体化できる人物が必要だ。CEPIを作り上げたハッチェトはまさにこれに当てはまる。またゲイツ財団の先見性にも注目する必要がある。
・日本の場合、問題が生じてから、組織が対応に動き出す。したがって結果を出すためには、時間もコストも余計にかかる。今回の第6次感染ピークに対する対応の遅れもその表れだ。不確実の時代には、これではますます世界の動きに遅れる。日本にもハッチェトやゲイツ財団が必要だ。
(参考)
・Margaret Heffernan,Uncharterd,Simon & Schuster,2020
・海堂尊、コロナ狂騒録、宝島社、2021