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イーロン・マスクの現在と将来

イーロン・マスクの現在と将来

・フィナンシャルタイムズ紙は、イーロン・マスクを、”今年の顔”(Person of the Year)に選んだ。その理由として、自動車産業をEV(電気自動車)へと歴史的な転換を行わせたことを挙げている。最近この動きを受けて在来メーカーのフォード、フォルクスワーゲン、メルセデスベンツなども一斉に方向を転じ始めた。トヨタもやや遅れながらこのトレンドに乗ろうとしている。

 

・マスクは、10年ほど前にモデルSを発売し、既存の高級車に引けを取らない性能を持つEVを実現した。そして4年前には廉価版のモデル3を出すことによって市場を拡大した。ちなみにIT先進国台湾ではEVシェアの9割がテスラであるという(21年11月時点、中島聡氏のブログによる)。

 

・ではイーロン・マスクの本質とは何か。このインタビューを読むと以下の点が浮かび上がる。

 

  *異常なほどリスクテーキングである(筆者注:ニコラス・タレブの反脆弱性を思い出す)。

  *基本的に”技術屋”である(開発並びに生産技術の双方に秀でる)

  *通常の技術者が限界と思うことを打ち破ることに熱意を注ぐ

  

  

・彼のビジョンは明快だ。①人々を火星に行かせる(スターシップ:スペースXが開発中の宇宙船)、②スターリンク(衛星インターネット事業)で人々に情報の自由を実現する、③テスラで人々を運転のわずらわしさから解放する。

 

・筆者が思うに、彼の一番の特徴は、”技術屋”であることだろう。たとえばEVのカギを握るバッテリーに関しても、彼はバッテリーデイという講演を行い、バッテリーの技術的論点とテスラの取り組みを自分の言葉で説明している(21年9月22日)。日本の自動車メーカーの社長でここまでできる人はいないだろう。

 

・技術屋で、技術ロードマップを洞察し、高度な技術的議論ができること、そして不可能に見える目標に対して突き進むことで、マスクは世界中から優秀な技術者をかき集めた。技術屋は基本的に仕事の面白さに興味を惹かれるからだ。それがマスクとその関連企業の強みになっている。

 

・話はバッテリーに戻る。最近テスラSの対抗車として、ポルシェが最近出したタイカン(Taycan)はバッテリーシステムに欠陥のある事が内部告発された。どうも電池電圧を従来の400Vでなく、800Vに高めたのがその原因らしい(この記事の存在も中島聡氏のブログで教わった)。会社のトップが最先端EV技術に詳しくないと、こういうことが起こりえる。面白いのは、テスラがポルシェにバッテリー管理に関する技術提供を数年前に申し出たが、ポルシェ側は自分でやるから結構だと断ったらしい。

 

・翻って我が国をみてみよう。自動車産業は、日本の生きる糧だ。それが今や技術革新の波に洗い流されようとしている。事態はかなりひっ迫しているが、さてどうすればよいか。

 

(参考)

・Richard Waters,"Elon Musk:Interview with FT's Person of the Year",Dec.16,2021

・中島聡、”Life is Beautiful”,2021年12月14日号

・Alex Voigt,"Porche Whistleblower:"60% of all delivered Tycan have battery issues that caused replacements,damages and fires",TESLARATI,Dec.1,2021

・清水直茂、「EV電圧倍増へ、800Vの衝撃、ポルシェ・日立が先陣」、日本経済新聞、2020.06.30

・ナシーム・ニコラス・タレブ、「反脆弱性」望月衛監訳、千葉敏生訳、ダイアモンド、2017

 Nicholas Taleb,Antifragile,Random House,2012