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AIでなく人間にしかできないこと

AIでなく人間にしかできないこと

・雑誌オール読物を読んできたら、作家の夢枕獏氏と脳科学者の中野信子氏の対談が面白かった。

 

・対談は、夢枕獏氏の、「人類が発達したのは、物語を作る、それを楽しめる能力があったからだ」という引用から始まる。

 

・では物語とは何か。夢枕獏氏は自身の小説創作の体験から、それを以下のように述べている。

 

 「まず面白いという要素をいっぱい盛り込んでいく。後半になると、・・・『どうやったら辻褄を合わせられるか』を考える。最初から物語の構成を考えてしまうと、みんなが考えるようなアイデアしか出てこない(筆者注:つまらない小説しかできない)」。

 

・実はAIの限界がここにある。AIはロジックを考え、それを高速で処理するから、ルールの決まっているゲームでは、既存事例を高速学習することで強みを発揮する。しかしお手本がない未知の領域では、この手法は役立たない。

 

・この問題点をわかりやすく説明したのが、AI専門家のジュディア・パールだ。彼はアラン・チューリング賞受賞の、この分野の大先達だ。彼の書く本は難解で知られるが、それでは誰も読まないので、わざわざサイエンスライターを連れてきて、共著の形で出版したのが、「The Book of Why」だ。邦訳がないのが残念だが、ぜひご一読をおすすめしたい。

 

・先の夢獏・中野氏の対談の関連でいえば、パール本第1章の”因果関係のはしご”(the ladder ofCausation)にある図(p28)が、夢枕氏の主張の意味を明確に示している。この図でパールは、人間は”事実とは異なること”(counter factuals)を想像できるのがその特性だと述べている。これはAIにはできないことだ。

 

・AIは論理を詰めることはできるが、物語は作れない(よくあるAIが作った小説というのは、過去の小説をデータとし、それをお手本にAIが組み合わせたものにすぎない)。たとえば美術展のポスターを募集したら、人間のアーティストは思いもよらない構図を持ち込むだろう。これが人間の特質だ。

 

・そういえば、アルファ碁(Alpha Go)で人間棋士を破り、一躍有名になったディープマインドも、経営面では苦戦しているようだ。

 

・ディープマインドは親会社のグーグルから独立性向上を求めて交渉してきたが、うまくいかなかった(WSJ、2021.05.21)。その背景には、ディープマインドが依然として多額の損失を出し(2019年で5億ポンド)、グーグルは11億ポンドの貸付金を評価損として計上したことが背景にあるようだ(FT、2020.12.17)。

 

・この辺でAIができることと、想像力ある人間ができることをしっかり区別しておいたほうがよいだろう。すでに”全能の神”としてのAIという信仰は薄れつつある。

 

(参考)

・夢枕獏、中野信子、「『物語』と『脳」の不思議な関係」、オール読物、2021年1月号

・Judea Pearl,Dana Mackenzie,The Book of Why,Basic Books,2018

・Parmy Olson,"グーグルのAI子会社、独立性求めるもかなわず”,WSJ,2021.05.21

  "Google Unit DeepMind Tried--and Failed--to Win Ai Autonomy From Parent"

・Tim Bradshaw,"Googles's AI unit DeepMind swallows £1.6bn as losses continue",FT,Dec.17,2020

・Karen Hao,"The UK exam debacle reminds that algorithms can't fix broken systems",MIT Technology Review,2020.08.31