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ワクチン外交の失敗

ワクチン外交の失敗

  2021.05.22

・ようやく筆者の近辺でもワクチン接種が始まった。それ自体は朗報だが、他の先進国に比べ進捗スピードが遅い。これはなぜだろうか。

 

・その理由は、中島聡氏のブログ(Life is Beautiful)を読んでよくわかった。彼の整理によると、コロナウィルスの発見からワクチン開発と利用に至る経過は以下の通り。

 

 2021年1月:中国の研究者がワクチンの塩基列を公開。Modernaの研究者はわずか2週間でワクチンを開発。

 2月:Oxford の研究者がワクチンを開発。アストラゼネカへのライセンス契約が決まる(5月)。

 4月:Modernaが米国政府から$955millionを調達。

    BionTechがPfizerから$185millionを調達。

     それぞれのワクチン治験がスタート(PhaseⅠとⅡ)。

  5月:Oxford-Astrazenecaのワクチンを英国政府は1億回分、米国政府は3億回分確保。同時に英国政府から$80million、米国政府から$1.2billionの研究費が提供。

 6月:BionTechがEUから$129millionを調達。

 8月:米国政府がModernaのワクチン1億回分の購入を契約。EUは1.6億回分の購入を契約。

 9月:BionTechがドイツ政府から$445millionを調達。

  11月:BionTechのワクチン治験がPhaseⅢに入り、4万人に投与。91.3%の有効性を確認。

 12月-1月:それぞれのワクチンが米国、英国、ヨーロッパでスピード認可。

 

 ・この経過を見ると、勝負はすでに昨年前半でついていたことがわかる。つまり開発企業への速やかな資金提供、ワクチン治験の早期実施。そして大量のワクチン確保とスピード認可が、米国、英国、ヨーロッパですでに進んでいたわけだ。

 

 ・日本の菅首相は、訪米時(2021年4月)にワクチンの追加供給に関してファイザーのCEOと電話協議したそうだが、すでに時期を逸していた感がある。

 

 ・こうした経過から見て取れるのは、日本が世界の大勢に鈍感であること、当事者のインナーサークルに日本が加わっていなことだ。

 

 ・なぜこうしたことが生じたのか。フィナンシャルタイムズ紙の特集、”いかにしてmRNAはワクチン開発を一変させたか”(ow mRNA became a vaccine game-changer)が参考になる。

 

 ・ここでの主人公は、カタリン・カリコ氏(Katalin Kariko)、ドリュウー・ワイスマン氏(Drew Weissman)、デリック・ロッシ氏(Derrick  Rossi)、ノウバー・アフェイマン氏(Noubar Afeyman)だ。

 

 ・カリコ氏はハンガリー生まれでmRNAに早くから注目し、その製薬可能性に挑んできた。1985年に渡米。1997年に彼女は同僚のドリュウーワイスマンと共同研究を始める。そして2005年にmRNAに化学的修正を加えることにより、それを免疫細胞(dendritic cells)に免疫拒否なしで挿入することに成功。これによってmRNAのワクチン利用が可能になった。しかし当時、彼らの論文は人々の興味をひかなかったそうだ。

 

 ・2010年にハーバード大学助教授のロッシ氏が彼らの成果を利用して、蛍光タンパクリソース(fluorescent protein)での実験に成功。これで製薬可能性が開けた。ロッシ氏は企業化を計画、それを助けたのがノウバー・アフェイマン氏で、同年モデルナ(Moderna)というスタートアップを起業した。

 

 ・この経過をみると、日本の立ち入るスキは無いようにみえるが、必ずしもそうではない。ロッシ氏の研究は、山中伸弥教授(2012年ノーベル賞受賞)の成果に基づいていることが、この記事では明記されている(記事に山中先生の写真も掲載されている)。ということは山中先生自身、この分野のインナーサークルの有力なメンバーであることが理解できる。

 

・ここで疑問なのだが、日本政府やその関連研究機関が、山中先生の知見と海外とのつながりをうまく利用したことはあったのだろうか。彼だったら、最初に述べた開発主体への各国政府の資金投与やワクチン認可プロセスに関する最新情報を持っていたはずだ。筆者の勘違いかもしれないが、山中先生をこうした形で日本政府が利用してきたようには見えない。ちょっともったいないことだ。

 

・ちなみにロッシ氏が実験に利用した蛍光タンパクリソースは下村脩氏(2008年ノーベル賞受賞)が発見したものだ。したがって日本人科学者のこの分野における活躍は、山中氏を含めて、それほど捨てたものではない。にもかかわらず、ワクチン接種で、英米にこれだけ遅れを取ったということは、どう考えればよいのだろうか。

 

(参考)

・中島聡、「今週のざっくばらん」,Life is Beautiful,2021.05.18

・David Crow,"How mRNA became a vaccine game-changer",FT,May,13,2021

・日経新聞、「ファイザーCEO 『菅首相とワクチン協議』数や時期触れず」、2021.04.20」