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リチウムイオン電池革命

リチウムイオン電池革命

  2020.12.20

・リチウムイオン電池は、最近のEV(電気自動車)ブームと相まって、技術革新の焦点となっている。ここではシラ・ナノテクノロジー社(Sila Nanotechnoligies)の論文を用いて、その将来性を検討する。この論文は、これから訪れるバッテリー革命の将来ビジョンを示している点で、一読の価値がある。この論文は、著者らが開発の最前線に立っているだけ、単なる解説にとどまっていないところが面白い。

 

・論文の著者はジーン・ベルディチェフスキー(同社CEO)とグレブ・ユーシン(同社CTO)。ベルディチェフスキーはスタンフォード大学出のエンジニアで、テスラの7番目の雇用者、同社ではロードスター用バッテリーシステムを開発した。つまり世界最初に安全で量産が効く自動車用リチウム電池システムを作り上げたことで有名。まだ30代の若さ。グレブ・ユーシンは材料工学の権威で、ジョージア工科大学の教授を兼務している。

 

・以下論文の内容を紹介する。

 

・5年から10年以内に、新たな技術を用いれば、リチウムイオン電池の性能は、コスト50ドル/kwh、急速充電可能、1万回以上の充放電サイクルに耐え、100万マイル以上の走行と耐用年限30年程度のものが出現する。それは豊富でリサイクル可能な原材料を使うことになる。ちなみに現在の技術を前提にすれば、コストは100ドル/kwh程度にとどまる。ちなみにテスラのロードスター開発時のコストは240ドル/kwh(2004年)。

 

・2030年から2050年にかけて、新技術によるリチウムイオン電池の量産が可能になり、われわれはこれまで見たことのない世界に突入する(”リチウム電池革命”)。

 

・これにより自動運転可能なEVが普及し、再生可能エネルギーの全面的な利用が可能になる。このときリチウムイオン電池生産の規模は、2030年に2,000GWH(200万KWH)/年、その後は30,000GWH(3,000万KWH)/年が必要となる。ちなみに現在の生産量は20GWH(2万KWH)。

 

・全固体電池はニッチ市場以上の拡大を遂げないだろう。

 

・リチウム電池革命は材料技術の進展とバッテリー生産様式の革新によってもたらされる。

 

 *負極(anode)のシリコン化(現在の黒鉛電極の代替)。

 *正極(cathode)材料のニッケル・コバルトからより豊富な資源である鉄や銅への転換。

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注意:電解質が電極から溶液に向かって正電荷が流れるのがanode、溶液から電極に向かって正電荷が流れる方向がcahtode。

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 *セパレータのセラミック化(現在はポリマーを利用)。

 *液体電解液の改良。

 

・現在のリチウムイオン電池の限界とトレードオフ。

 *現在の技術水準:100ドル/KWH、エネルギー密度720wH/L,耐用年限10年、充電回数5,000回程度。問題は現在のバッテリーがこのすべての性能を満たしてはいないこと。その達成にはトレードオフがある。

 

・リチウムイオン電池の2つのタイプ:エネルギー・セル(コストとエネルギー密度を重視:パナソニック)とパワーセル(充電回数と充電時間を重視:CATL)。

 *エネルギー・セル:エネルギー密度720Wh/l、生産コスト100ドル/kwh程度。5000回充放電可能。EVでは20-30万マイル走行の寿命。正極にはニッケル・コバルト・マンガン、負極は黒鉛。

 *パワーセル(LFPを利用):5,000回充放電可能。充電時間は10分程度。エネルギー密度は450wh/l。コストはエネルギーセルより高い。中国のEVで使われる。また送配電用にも適している。その利点:①ニッケル・コバルトの資源制約を受けない②低電圧のため電解質の酸化が少ない、③熱暴走しにくい。

 

・次世代の化学と材料

 *電池の性能は、正極、負極、電解質、セパレータによって決まる。

 *負極の進化:現在は黒鉛を使用。これをシリコンに変える。これが進めば、エネルギー密度が5割ほど増加し、これはコスト低下につながる。また容積も小さくて済む。これは現在SILAが開発中のもの。

 *正極の進化:金属フッ化物や硫黄など。

 *負極と正極の進化によって、コストは大幅に下がる可能性がある。

 *セラミックセパレータと電解質の改良も重要。

 

・リチウムイオン電池:製造システムの改良(これが入っているのは、起業家らしい視点だ)。

 *製造コストの内訳:電解質40%、セルの組み立て20%、セル仕上げ40%など。

 

・セル、モジュール、パックデザインプロセスの統合化:これはセルの製造を内製化する場合に有効:VWやテスラなど。

 *セルの形状を、利用形態に最適化することによりセルの接合や冷却の効率化が図れる。

 *セル製造プロセスを自動車メーカーが統合化すれば、セルのエイジングをモジュール組み立て時に行うことができる。

 

・この論文は、IT革新の重要なインフラとなるリチウムイオン電池の将来ビジョンを展開しているところに価値がある。われわれはコンピュータ、インターネットをすでに手に入れたが、これに”リチウムイオン電池革命”が加わることにより、自動車のEV化、エネルギーシステムの再生可能エネルギー化が一挙に進むことになる。著者らはその時期をれを2030-2050年としている。

 

・テスラは、こうした”リチウムイオン電池革命”の最先端を走っている。この点は、マスクのバッテリーデイに関するブログで取り上げたい。

 

(参考)

・Gene Berdichevsky & Gleb Yushin,"The Future of Energy Storage",Sila Nanotechnoligies,Sept.2020