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AIの進展と金融危機の可能性

 

AIの進展と金融危機の可能性

  2020.11.22

・近年、ディープラーニングに代表されるAI技術の金融部門への適用が進んでいる。たとえばバークレー銀行のクレジットカード部門とアマゾンは、保有データにAI分析を適用することで、信用供与の自動決定や顧客特性の把握を行おうとしている。こうした傾向は、金融業務の効率化に役立つと同時に、金融に関するシステミック・リスクを高めかねない。

 

・MITスローン・スクールのゲンスラー教授とコンピュータ科学専攻のベイリー氏による共著論文はこの点を明快かつ分かりやすく解説しており、一読に値する。

 

・ディープラーニングは、一連のIT技術革新(インターネット、スマフォ、クラウド化、オープン・バンキング)とともに、金融機関効率化のツールとして本格採用されつつある。AI-as-a-Serviceの勃興などがその象徴だ。またイーロン・マスクのOpenAIはディープラーニングサービス(チャットボットやデータスキャン)を金融機関に提供しはじめている。

 

・ディープラーニングの特色は以下の通り。

 *超次元性(hyper dimensionality)

  *非線形性

 *非決定論的(non-determinism)

 *ダイナミズム

 *複雑性

 

・ それによって引き起こされる問題

 *(結果に関する)説明が限られること:このためLIME,SHAP,ELI-5などが使われるが、その効用は限られている。

 *バイアス(偏り)

 *頑健性に欠けること

 

・さらに全体を通じる特性として

 *飽くことなきデータ資源の必要性。

  訓練データの規模が大きくなるほど、学習の正確性は指数的に向上する。

 

・ディープラーニングのこうした特性がシステミック・リスク(金融システムの脆弱性)を招く可能性がある。

 

 *問題点:結果に偏りがあり、公平性が欠けること(計算結果は、過去のデータとそれ持つ歴史的バイアスによって影響される)。

 

・システミック・リスクの可能性

 *各金融機関が同じようなデータとモデルを用いて計算することによるモノカルチャー化(外部のサービスに依存):解の多様性が失われる。

 *ネットワークによる相互接続性の進行によるファットテイル化(英国銀行のハルデーンは金融システムを複雑適合系と喝破した)。

 *規制が技術進歩に追いつかないこと。

 

・改善策

  *規制当局が各金融機関の用いるデータやモデルを把握すること。

  *モデルストレステストやワーゲーム(war game)の実行

  *各金融機関が危機に際してのバッファーを持つこと。

 

・以上がゲンスラー論文の簡単な紹介だ。日本の金融機関は投資アプリのロビンフットさえようやく知り始めたところで、残念ながらIT時代に立ち遅れている。ゲンスラー論文にも、この問題に関して情報遅の途上国に対する負のインパクトが論議されている。その懸念が日本の金融機関に当てはまらなければ幸いだ。

 

・こうした論文を見ても、日本企業のエリート養成制度(少数の一流校出身者を新卒で採用し、企業内部で教育し育てることにより幹部に登用する)は曲がり角に来ている。東大法学部の新卒がディープラーニングやプログラミングもしくは非線形数学を自在に操れるわけはない。日本の大企業では、こうした”時代遅れエリート”のストックが山積みとなり、企業の的確で迅速な方向転換を妨げている。

 

(参考)

・Gillian Tet,"Artificial intelligence is reshaping finace",FT,2020.11.20

・Gary Gensler,Lily Bailey,"Deep Learning and Financial Stability",MIT,

Working Paper,Nov.1,2020

・Haldane,Andy,"Rethinking the Financial Network",Bank of England,2009