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コロナショックとAI

コロナショックとAI

  2020.10.10

・コロナショックが始まって以来、AIとビッグデータが、コロナ対策発見の救世主になるのではないかという期待を抱いた人は多い。

 

・しかし最近のフィナンシャルタイムズの記事はこの期待を打ち砕いた。AIは碁のチャンピオンを打ち破ったのと同様に、コロナにも有効な対策を打ち出せるのではないか。これに対し、同記事の結論は、「何も出てこない(And then---nothing)」だ。

 

・これはAIに詳しい人なら特に驚くべき結論ではない。AIは、顔認識のように、豊富な参照データがあるときのみ、それを学習することで、大きな効果を発揮する。今回のように、何が起こっているのかが誰にも分らないときには、AIに与えるべき参考情報がないため、AIが力を発揮することはない。

 

・ここ数年、AIブームがあり、あたかもAIさえあれば、将来のことは何でもわかるという幻想がばらまかれてきた。カナダのビジネススクールの先生が書いた入門書「予測マシンの世紀」を高く評価する日本のエコノミストも居たぐらいだ。こうした風潮が今回のコロナ騒動で少しでも落ち着けば、結構なことだ。要するにAIのような新技術は、当初は万能薬と思われるが、次第にその効果の範囲が明確になり、その範囲でのみ使われることになる。日本では特に、新技術に対する素朴な信仰が根強い。これはこうした技術が国産でなく輸入品であることにその原因があるだろう。

 

・頭を冷やしてみれば、AIに関しては、以下のようなことが起こっていることに気づく。

 

①ミクロ経済学の泰斗であるハル・バリアンは2010年からグーグルのチーフエコノミストを務めているが、大した結果を生み出していない。経済予測の新ツールといわれた「Google Trends」を覚えている人はほとんどいないだろう。

 

②ディープマインド社の共同創始者であるムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman)は2019年に同社を去った。

 

・もちろんAIが無用というわけではない。限られた用途において、それは大きな力を発揮する。しかし当たり前のことだが、万能薬ではない。このことを今回のコロナショックは明らかにした。

 

・AIに関して、もう少しその内容が知りたい人は、英国のエコノミストであるダニエル・サスキンドの「仕事のない世界」(未邦訳)の最初の数章を読むといい。そこには、AIの最近の発展経過がうまくまとめてある。

 

・より本格的な議論が読みたければ、ジュディア・パールの「The Book of Why」がお勧めだ。ちなみに著者のパールはアラン・チューリング賞の受賞者。

 

(参考)

・Nathan Benaich,"AI has disapointeed on Covid",FT,Sept 20,2020

・Hal Varian,"Big Data:New Tricks for econometrics",June,2013

・Murgia Madhumita,"DeepMind co-founder leaves for policy role at Google",FT,Dec.6,2019

・Daniel Susskind,A World without Work,Metropilitan Books,2020

・アジェイ・アグラワル、ジョシュア・ガンズ、アヴィ・ゴールドファーブ、「予測マシンの世紀」、小坂恵理訳、早川書房、2019

Ajay Agrawal,Joshua Gans,Avi Goldharth,Prediciton Machines,Harvard Business Review Press,2018

・Pearl J. and Mackenzie,The Book of Why,Allen Lane,2018