· 

コロナ問題とサイロ・エフェクト

コロナ問題とサイロ・エフェクト

  2020.05.09

・コロナウィルスをめぐる論議を見ていて、これはまさにジリアン・テットのいう、サイロ効果の典型例であるとの感じを抱いた。

 

・ジリアンテットは文化人類学を学んだフィナンシャルタイムズ紙の人気論説担当だ。彼女が言っているのは、現代社会においては学問分野の専門化が進みすぎた結果、一つの分野に精通した人が、他の分野の議論を見ずに、議論を進めがちなことだ。

 

・今回のコロナショックの場合にも、疫学の専門家は疫学モデルを使って議論を進め、エコノミストは、その内容を精査せずに、コロナ後の不況対策の心配をしている。野球でいえば、2塁と3塁の間が空いており、そこに打ち込まれたら、すぐに得点されてしまう状況だ。

 

・確かに専門分野に閉じこもり、仲間とお互いだけに通じる議論をするのは楽しいかもしれない。しかし他分野のモデルのエッセンスを理解することは、それが数学で描かれている限り、それほど難しいことではない。若干の数学的知識は必要とするが、それさえあれば、分野が異なっても、モデルの特性・想定・限界を理解することができる。そうすることで、新たな政策解の可能性が生まれる。これがジリアン・テットの言いたかったことだ。

 

・たとえばエコノミストが疫学モデルを理解すれば、コロナショックの経済対策を考える際に大きな手助けとなる。実際シカゴ大学の若手エコノミストによる経済効果の分析はこのような形をとっている。

 

・今回使われた疫学モデルはいわゆるSIR(Susceptible,Infectious,Recovered)モデルだ。そのエッセンスはわずか3本の微分方程式であらわされる。参考文献の牧野氏の解説がわかりやすいと思われるので、興味ある人はそれを参照してほしい(それ以外のモデルに関しては、Michaud etalを参照)。

 

・SIRモデルのエッセンスがわかれば、その結果を有効に経済分析に使うことができる。つまり2塁と3塁の間の穴を防ぐことができる。この穴抜けは特に日本でひどいようだ。

 

・今回のコロナショックでもはっきりしたことだが、日本では、専門家会議をいくら開いてもこうした展開にはならない。その背景には、政治と官僚制の硬直化が原因している。311のときもそうだった。当時の原子力安全・保安院長は、技術のことをわかっているのかと問われて、「経済学部ですけど」と答えたという(朝日新聞特別報道部、p218)。たとえ文系だろうと、責任あるポジションにいれば、それなりの専門性を発揮することが必要だろう。また今回の場合、日本の政治家が、インペリアルカレッジのシミュレーションを読んで、その内容を理解したかも定かではない。

 

・基本的な問題は、日本の統治機構が現代(IT革新)に対応しきれていないことだ。IT時代の共通語は、プログラミング言語だ。たとえば上にあげたSIRモデルもパイソンのScipyモジュールを使えば、簡単に解くことができる。この時代に、新聞がようやく再生産指数(R)の解説を載せるようでは、脱コロナの道は前途多難としか言いようがない。

 

(参考)

・ジリアン・テット、「サイロ・エフェクト」、土方奈美訳、文藝春秋、2016

 Gillian Tett,The Siro Effect,Little Brown,2015

・Greg Ip,Economics vs. Epidemiology:Quantifying the Trade-off",WSJ.Apr.17,2020

  「経済学VS.疫学 数字で見るコロナ対策」

・牧野淳一郎、”3.11以後の科学リテラシー”no.89,科学

・Josh Michaud,Jennifer Kates,Larry Levitt,"COVID-19 Models: Can They Tell us What We want to Know?",KKF.org/coronavirus-policy-watch.Apr.16,2020

・Qiita.com"感染病の数学予測モデルの紹介(SIRモデル)",2020年3月14日

https://qiita.com/kotai2003/items/3078f4095c3e94e5325c

・Michael Greenstone and Vishan Nigam,"Does Social Distancing Matter",Becker Friedman Institute,Univercity of Chicago,Working Paper,2020-26,March,2020

・朝日新聞特別報道部、「プロメテウスの罠」、学研、2012