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テック・デット(技術的負債)に関して

テック・デット(技術的負債)に関して

 2019.12.14

・フィナンシャル・タイムズ紙の”テック・デット”(tech debt)に関する記事は面白かった。これは記者のブラッドショー氏が、数年にわたる米国駐在を経て英国に戻った時の話だ。

 

・彼が使っていたデビットカード(英国の銀行発行、氏はその銀行の10年以上の顧客)を英国で使おうとしたら、銀行の手違いでキャンセルになっていた。銀行にその旨申し入れると、新カードが届くまでには数日間必要ですとの返答が返ってきた。

 

・これでは日常の買い物もできない。困っていると、友人がモンゾを使えば良いと教えてくれた。モンゾは英国発祥の金融スタートアップである。すでに顧客は200万を超えている(Monzo,2019 年次報告書)。

 

・モンゾのアプリをダウンロードして、セキュリティテストにパスすると、電子デビッドカードがすぐにネット経由で送られてきた。こうしてアップルペイが使えるようになり、一件落着となった。ちなみにモンゾのサービスは今のところ残念ながら英国に限られる(アメリカへは進出を発表)。

 

・新たな技術が既存の市場を急速に破壊してしまう。こうした現象をテック・デット(Tech Debt、”技術的負債”)という。既存の大企業は多額の技術的負債を抱えるため、新たな技術攻勢に対応できず、市場を失うことになる。この言葉は、wikiの開発者であるワード・カニンガムが最初に使い始めた(1992年)。

 

・当初は、”テック・デット”は粗雑なソフト開発の問題点を意味した。つまりきちんとしたコードでプログラムを書かないと、その修正にはとてつもなく時間と人手がかかり、結果的に企業業績に深刻なダメージを与えるという意味だった。

 

・しかし最近ではこの言葉は、より広い意味で使われるようになってきた。それは既存の大組織が古いソフトを使い続けていると、あるときニューカマーが市場に進出してきて、新しいソフトを使ってより便利なサービスを提供する。これによって顧客が取られてしまうという現象だ。既存の大組織が使っているソフトは大規模で複雑きわまりないので、新サービスにすぐ適応できず、こうしたことが生じる。

 

・その典型例が冒頭のフィナンシャル・タイムズ紙の記者が味わった経験だ。こうしてある日突然、既存の大企業の顧客が消えていく。問題はこうした”技術的負債”が、貸借対照表や損益計算書には適切に表示されないことだ。資産と思っていたシステムがある日突然負債に変わるのだから。

 

・これは銀行だけの問題ではない。たとえばクルマを考えてみよう。日常経験することだが、カーナビの情報更新にどれだけ時間と手間がかかることだろうか。これは販売店に行って、それを行ったドライバーならよくわかることだ。これに対して新興メーカーのテスラは、ブレーキの制動距離の修正すら、オンラインで済ませている。この差は大きい。日本の場合、特にEVと自動運転で遅れを取ったために、こうした対応は遅れがちである。今繁栄を誇っている日本の自動車メーカーにもテック・デットの問題が急浮上するかもしれない。

 

・日本の既存の大銀行やクルマのメーカーは、こうした変革に耐えられるだろうか。個人的にはモンゾが日本に上陸する日が待ち遠しい。

 

(参考)

・Tim Bradshaw,"'Tech debit':why badly written code can haunt companies fo decades,FT,2019/12/01

・Martin Fowler,"Technical Debt",21,May 2019

・Monzo,Annual report 2019