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「トヨトミの野望」を読む

「トヨトミの野望」を読む

・すでに読まれた方も多いだろうが、最近「トヨトミの野望」を読んだ。これはトヨタがモデルといわれており、フィクションではあるが、最近の同社の動向をよくつかんでいるという印象を受けた。作者は自動車業界に詳しい新聞記者といわれている。

 

・この本で興味を引かれたのは、同社のプリウス開発を巡るエピソードだ(第5章)。小説ではあるが、そこで展開されているストーリーはほぼ事実に近いだろう。同書によると、プリウスは本格的な研究開発に取り組んで二年経っても実用化の目処が立たなかった。その後トップの決断により、一年以内に量産化の命令が下り、それが実現して1997年にプリウスは販売開始された。

 

・つまりトヨタのような大自動車メーカーでも、プリウス開発に3年程度の時間がかかったことだ。これはIT時代のスピード感覚にそぐわない。たとえばテスラSを見てみよう。このクルマは電気駆動、自動運転、快適な乗り心地、スポーツ感覚のすべてをうまくまとめ上げている。ロブ・レポートというのは、アメリカの金持ち専用雑誌だが、超高級車ランキングを行っている。その2016年4月号をみると、一位はフェラーリ488GT、第二位はマクラーレン650Sスパイダー、第三位はランボルギーニ・アベンタドールLP750-4だが、第四位にテスラSP90Dが入っている。ちなみに第五位はメルセデスAMG-GTS、第六位はポルシェ911TARGA4-GTSとなっている。

 

・値段でいうとフェラーリやマクラーレン、ランボルギーニは2,000万円以上する。テスラSは1,200万円程度だろう。この価格でテスラはその性能において他の超高級スポーツカーと堂々渡り合っている。確かにテスラSの性能は超高級スポーツカー並みだ。たとえば時速100キロに達するまでの時間を比べると、フェラーリ3秒、マクラーレン2.9秒、ランボルギーニ2.9秒に対し、テスラSは2.8秒である(1万ドルのオプション装着時)。

 

・ちなみにポルシェが最近EVを発表した(タイカン)が、その”売り”が時速100キロに達するまでの時間が2.8秒であることだ。タイカンはおそらく1,500万円以上で売られるだろうが、この性能はすでにテスラSで実現されている。つまり自動車メーカーの技術開発体質はトヨタにせよ、ポルシェにせよ、IT時代にはそぐわなくなっている。

 

・テスラSは、クルマ屋ではないイーロン・マスクが開発したものだ。最近発売されたメリッサ・シリングのイノベータに関する調査を読むと、その背景にあるものが何となくわかってくる。この本は邦訳も出たが、原題はQuirkyである。この単語には”癖のある”、”奇抜な”などの訳語が当てられている。この本に取り上げられているのは、、イーロン・マスク(Elon Musk)、ニコラ・テスラ(Nikola Tesla)、アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)、スティーブ・ジョブズ(Setve Jobs)、マリー・キューリー(Marie Curie)、トーマス・エジソン(Thomas Edison)、ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)、ディーン・カーメン(Dean Kamen)の8人だ。

 

・彼らに共通するのは、あまり恵まれない境遇に育っていること、とてつもなく頭は良いが、学校とうまく折り合えなかったこと、他人から距離を置き孤独を楽しむ性格であること、自分の信念を強く持ち、他人からの批判に打たれ強いことなどだ。

 

・翻って、自動車業界を見ると、こうした変わった(Quirkyな)人材がフルに活躍できるとはとても思えない。これとは反対に、よく勉強して、良い大学を出て、人と調和するのがうまい人間が出世して、技術開発の中心に座るだろう。メリッサ・シリングによれば、こうした人材からはIT時代にふさわしいイノベーションは生まれない。これがプリウスとテスラSの違いではなかろうか。

 

(参考)

・梶山三郎、「トヨトミの野望」、講談社、2016年

・メリッサ・シリング、「世界を動かすイノベータの条件」、日経BP、2018

 Melissa A. Schilling,Quirky,2018,Public Affairs

・産経新聞、「ポルシェが初EV 2.8秒で時速100キロ」、2019年11月21日

・本ブログ、「Quirkyを読む」、2018.09.09