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時代遅れの政府経済見通し

時代遅れの政府経済見通し

  2019.11.03

・毎年初頭に政府が経済見通しを発表するが、閣議決定とはいえ、それを元に経済行動する経済主体はまず居ないだろう。

 

・それはこうした見通しが時代にそぐわないことが徐々に理解されてきているからだ。

 

・政府見通しにはいくつかの問題点がある。第一は計算に当たっての想定が単一であること。これは為替レートや原油価格に関して当てはまる。為替や原油価格の変動がトレーダーの良い収益源となっていることを考えれば、こうした単一想定によって経済見通しを作ることは、あまり意味が無い。第二は、産業構造見通しが示されていないことだ。GDPなどのマクロ指標だけでは、経済の将来を見通すことはできない。産業構造がどのような姿になるかによって、人々の暮らしや経常収支の姿は大きく変わってくる。これを欠いた見通しは、地域毎の情報を出さない天気予報と同じだ。

 

・しかしより重要なのは、見通しの中心指標であるGDPが現在の経済動向をうまく反映しなくなっていることだ。それはIT革新によって経済構造が変わりつつあることによる。たとえばgメールを例に取る。これは皆が無料で使っている通信手段だ。一昔前なら、手紙か電話かファックスで行うことが、今ではメールで済む。これはすぐに伝わるだけでなく、無料である。GDPには無料の活動は反映されない。従ってこうした活動はGDP動向とは無関係である。

 

・IT革新を踏まえて、所得統計にソフト関連の投資などを含める試みはされているが十分とは言えない。オランダの金融機関INGの調査によると、このためにGDPは過小推定されており、その値はアメリカの場合、GDP成長率換算0.75%にも上るという。もしこれだけGDPが過小推定されていれば、経済成長率の試算には大きな予測誤差が発生する。

 

・さすがにアメリカのエコノミストはこの問題に気づいており、興味ある研究を行っている。価格ゼロの消費財の価値をどう計るかは、興味ある問題だ。MITのブリンジョルフソン等は、消費者余剰というコンセプトを使い、ウェブの力を使ってこの問題の解決を試みている。

 

・彼らの結論は衝撃的だ。2017年の数字で言うと、検索エンジンの年あたりの価値(正確に言うとWTA:willingness to accept)は1.7万ドル、メールは8,400ドル、マップは3,600ドル、ビデオは1,100ドル、eコマースは840ドルなどとなっている。これを合わせると約3万ドルとなる。円換算すれば約315万円である(1ドル105円)。

 

・ちなみに日本の家計消費額は約315万円である(家計調査、全勤、2018年)。 ブリンジョルフソン等の推定はアメリカに関してであり、日本の数字ではないが、そのことを考慮しても、家計は、金銭消費額と同程度のサービスをIT革新による無料サービスから得ていることになる。これはGDPには反映されない。

 

・結局のところ、ここで言いたいのは、次のことだ。役に立つ”政府見通し”というものがあるとすれば、①それは原油価格や世界経済の変動をリアルタイムに反映し、日本経済へのインパクトを示すものであること、②マクロ経済だけでなく個々の産業予測を示すこと、③IT革新のインパクトを正面からとらえ、フリーグッズの位置づけをきちんと行うこと。

 

・上記の①と②に関しては、すでに当方の開発したe予測が対応を試みている。③に関しては、エネルギー需給との関係に絞られるが、来年後半に当方の試算を公開する予定である。

 

(参考)

・内閣府、「平成31年度の経済見通しと経済財政運営の基本態度」、平成31年1月28日閣議決定。

・ダイアン・コイル、「GDP<小さくて大きな数字>の歴史」、高橋瑠子訳、みすず書房、2016年

  DianCoyle,"GDP A Brief but Affectionate History",Princeton Univ. Press,2014・J.Steven Landefeld,"GDP: One of the Greate Inventions of the 20th Century",Survey of Current Business,Jan.,2000

・Gillian Tett,"To GDP -or not to GDP",FT,Oct.24,2019

・Erik Brynjolfsson,Avinash Collis,Felix Eggers,"Using massive online choice experiments to measure changes i well-being",PNAS,Apr.9,2019,7250-7255

・ING Economic and Financial Analysis,"Why US GDP is routinely understated",Oct.24,2019