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日本でIT技術が育たないわけ

日本でIT技術が育たないわけ

 2019.07.13

 ・前回のブログでは、日本でGAFAが育たないわけを、インテルでCPUの開発に携わった嶋正利氏の回想録を利用して論じてみた。このテーマは、今後の日本経済にとってきわめて重要だ。IT革新に乗れなければ、世界経済の進展に遅れを取るからだ。

 

 ・今回は、金子勇氏を取り上げる。彼は日本でP2Pソフトを開発しながら、著作権法違反幇助の疑いで逮捕され(2004年)、その後長い裁判を経て最高裁で無罪判決を受けたものの(2011年)、数年後に42歳で病死された。彼は、最もソフト技術者として活躍できた時期を、この逮捕によって無駄にされてしまった。また日本にとっても、この逮捕によって、ソフト開発者が萎縮し、この分野で、世界に大きく遅れることになってしまった。ちなみにP2Pソフトは、今はやりのブロックチェーンからスカイプに至るまで、様々なソフトの基本形となっている。

 

 ・なお金子氏に関しては最近NHKスペシャルでも取り上げていたが、突っ込みが浅く、問題の本質をとらえていないという印象を受けた。

 

 ・金子氏は、P2P技術を具体化したWinnyというソフトを開発した。開発は2002年4月に始まり、Winny1の正式版ができたのが同年12月。同氏は次いで、これにBBS機能(電子掲示板、SNSの先駆けのようなもの)をつけたWinny2のβ1版を公開した(2003年5月)。これを利用してBBS上で著作物の公開を試みた2名が著作権侵害で逮捕された(2003年11月)。04年5月には金子氏自身も逮捕された(上に示すように、7年後に無罪確定)。

 

 ・なぜこうした逮捕が生じたのだろうか。おそらくP2Pシステムの草分けの一つだったFreenetの設計方針(「誰にも規制されたり、検閲されることのない自由な発言の場の提供」(金子氏の著作、p32)が、規制当局の懸念を呼んだのではないだろうか。それに対する一罰百戒として彼が逮捕されたのかもしれない。よく言われるように、「包丁で殺人があったからといって、包丁を作った職人を逮捕することはできない」からだ。

 

 ・例は異なるが、福島県知事だった佐藤栄佐久氏が、汚職容疑で逮捕されたとき(2006年)、担当検事から「知事は日本にとってよろしくない。いずれは抹殺する」と言われたという(佐藤氏の著作、p305)。佐藤氏は当時エネルギー戦略を巡って政府と対立していた。

 

 ・たしかに無秩序な言論の放置や政策論議を巡る”不毛な対立”を避けたいという考えが、政府当局にあるかもしれない。しかしその是非を決めるのは、国民や裁判所であり、検察の仕事ではないだろう。

 

 ・金子氏の逮捕によって、日本のP2P開発の機運は一気にしぼみ、これがIT革新に乗れないる日本の現状の一因になった。誰がその責任をとるのだろうか。

 

(参考)

・金子勇、「Winnyの技術」、ASCII、2005年

・Wired,「日本が失った天才、金子勇の光と影」,2018.11.10

・佐藤栄佐久、「知事抹殺」、平凡社、2009年

・NHKスペシャル、”平成史(8)、情報革命 ふたりの軌跡~ネットは何を変えたか”、2019年4月28日