· 

GDPに占める労働シェアの低下に関して

GDPに占める労働シェアの低下に関して

 2019.06.09

・最近シンクタンクのマッキンゼー・グローバル・インスティテュートが「アメリカにおける所得に占める労働シェアの低下に関する新知見」と題するを発表した。

 

・そこでは、アメリカにおけるGDPに占める労働シェアの低下を、労働以外の生産要素である資本シェアの増加要因を探ることで分析している。ちなみにBLS(アメリカ労働統計局)によると、アメリカのGDPに占める資本シェアは1998-2002年平均が37.7%であったのが、2012-2016年平均で43.0%に上昇している(逆に言えば、それだけ労働のシェアが低下している)。この差43.0-37.7=5.3%がどの業種の進展によって生じたかを、このレポートは検討している。

 

・そこで見いだされたのは、コンピュータ・エレクトロニクス・光学器械部門の伸張によるものが0.3%、印刷・AV(視聴覚)・通信部門の伸張によるものが0.5%、卸売り・小売り部門の伸張によるものが0.6%、輸送・倉庫部門の伸張によるものが0.4%などであった。部門名が古くさいのは、BLSの統計区分に従っているからだろう。それ以外にもシェア変化には、景気循環なども影響しているので、これを足しても5.3%にはならないが、いずれにせよIT部門の伸張がGDPに占める労働シェアの低下に寄与していることがわかる。

 

・この議論の理論的背景が、MITの労働経済学者デービッド・オーター等が発表した2017年の論文である。オーター論文は、まず最初にスーパースター企業を定義する。たとえばアマゾンやグーグルのことだと思えば良い。こうしたスーパースター企業が、産業内で売上げシェアを高めると、そこでは労働の寄与が大きくないので、全体としてGDPに占める労働シェアが低下する、というのが彼らの主張だ。

 

・たとえばアマゾンがその売上げを伸ばすと、その影響は小売りだけでなく、物流にも及ぶ。またコンピュータ利用に関してもアマゾンのAWSサービスは圧倒的なシェアを誇っている。アマゾンは、倉庫などに単純労働力は雇っているが、その業務の中心を担っているのは、ITエンジニアだ。かれらはすでに労働者という枠に当てはまらない。したがってアマゾンの伸張は、単純に言うと、労働シェアの低下につながる(オーター論文は、スーパースター企業の伸張が労働シェアの低下につながる論拠を簡単なモデル枠組みを使って示している)。

 

・こうしてみると、成長回復のために、日本で今行われている賃金上昇政策はあまり有効ではない。日本のGDPが停滞する背景に、労働者所得の低迷があるとしても、それはIT革新に乗り切れない日本企業の問題であって、資本と労働の取り分を人為的に変えることで解決されるわけではない。こうした点を間違うと、さらに日本経済の地位低下が進みかねない。

 

(参考)

・McKinsey Global Institute,"A New Look at at the declining share of income in 

the United States ,May,2019

・David Autor,David Dorn,Lawrence Katz,Chiristina Patterson,John Van Reenen,"The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms",MIT,2017/05/01