· 

歴史の転換点とジップ法則

歴史の転換点とジップ法則

  2019.02.09

 ・前回のブログ(「ナイトの不確実性の内容」)でジップの法則(1/f法則)について説明した。繰り返せば、それは所得分布、英文における単語の頻度、都市の人口分布、地震など広範囲に見られる統計現象である。問題はそれがレヴイ分布に従うことで、その分散は無限大になり、予測などに統計手法が使えないことだ。この分布は、その後数学者マンデルブロによって再発見され、彼のフラクタル発見の糸口となった。

 

 ・なぜこの分布は、これほどまでに遍在するのか。この点に光を当てたのが、物理学者のバクで、かれは有名な砂山モデル(sandpile model)によってそのメカニズムを明らかにした。解析的には、たとえば英国の生物学者メイ(Robert May)の以下の式、

  Xn-1=λXn(1-Xn)において、秩序からカオスに移る転換点において1/f法則が見いだされる(Bak,p30)。

 

 この転換点で生じる現象を、自己組織臨界性(self-orgnized criticality)という。この状態から、(確率的にはほぼゼロに等しい)生命の発生などが生じたと言われている。つまりジップの法則は自己組織化という形で、論理化されたわけだ。

 

・話を歴史に戻すが、哲学者市井三郎は、1970年代初頭にこの問題に気づいており、ジップの法則を引用している(市井、p125)。

 

 ・市井の問題意識は、歴史の趨勢の中で個人はどのような役割を果たせるのかということだった。「(歴史の)ある特定の変化が実現するための契機として、そこに特定の諸個人の主体的行為がやはり不可欠・・・それらの諸個人を、その特定の変化に責任ある『キー・パースン』とみなす(市井、p36)。「ある種の微視的現象が『相殺』されるどころか、巨視現象の動きにまで著しい影響を与える・・・その微視現象を担う個人をキーパースン」(市井,p123)。

 

 ・現代風に言えば、秩序とカオスの境界で自己組織化が生じるとき、そこに人間の歴史における主体性を見いだしたのである。これは時代を超えた先見性といってよい。

 

・翻って日本の現状をみれば、良きにつけ、悪きにつけ、こうした歴史の転換点に近づきつつあるようだ。そのときに、「達成すべき社会のイメージ」(市井、p46)を持ったキーパースンの必要性が今ほど感じられることはない。

 

(参考)

・市井三郎、「哲学的分析」、岩波、1971

・市井三郎、”歴史哲学の一課題---人間歴史の未来は原理的に予測可能か”、メモ

  1966.11.6

・Per Bak,How Nature Works,Springer Science+Business,1996

・都甲潔、江崎秀、林健司、上田哲男、西澤松彦、「自己組織化とはなにか」、講談社ブルーバックス、2009