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ナイトの不確実性の内容

ナイトの不確実性の内容

 2019.02.02

 前に書いたブログ(経済学における歴史の位置づけ、2019.01.12)でフランク・ナイトの不確実性について触れたところ、ナイトの言うエスティメーツ(確率分布などで説明できない本来の不確実性)はどのようなものか、と質問を受けた。この点に関して触れてみたい。

 

・その一例が、ジップ(Zipf)の法則だ。彼は様々な場合にべき乗則がなりたつことを見いだした。たとえば所得分布、英文における単語の頻度、都市の人口分布などである。それに数学的解明を加えたのがマンデルブロである。彼はフラクタルの発見者として有名な数学者だ。

 

・確率分布には安定分布(stable distribution)という範疇がある。その形状はパラメータαによって規定される。たとえば正規分布もその中に含まれる(パラメータα=2)。ところが0<α<2の時には、その分散は無限大になることが知られている。ジップの見いだしたべき乗分布はまさにこれに該当する(レヴイ分布)。

 

・そうするとどうなるか。たとえば信頼区間の計算を思い出してみよう。今正規分布を仮定して95%信頼区間を求めると、以下の式のようになる。

 

 xの標本平均-1.96*(σ^2/n)<=μ<=xの標本平均+1.96*(σ^2/n)

  μ=母集団の平均、σ^2=母集団の分散

 

・ここで分散が無限大であるとしたらどうなるだろう。信頼区間も無限大になってしまい、有意な統計解析ができなくなってしまう。つまり分散が無限大であるとすると、いわゆる統計的手法が役に立たなくなってしまう。これを見いだしたのが、マンデルブロだ(最初は綿花価格の動きの分析からだ)。ちなみに邦訳の出ている彼の著作、The [mis]behavior of Marketsは実に良い本だと思う。この本はジャーナリストのハドソンとの共著のためわかりやすい。特に第4,5章は今の金融テク(CAPM、ブラックショールズ公式など)に関する優れた解説となっている。いかんせん邦訳のタイトルが悪い。これではなにかVシネマの解説かと思ってしまう。

 

・実はこの問題は地震予測にもつながる。ゲラー東大名誉教授が書いているように、地震予測も基本的に不可能である。それは「カオス的な過程だからだ」(ゲラー書,P115)。カオスとべき乗分布の関連に関しては、別項で触れたい(例:カウフマン、P362)。

 

・ひとつ指摘しておきたいのは、哲学者の市井三郎がこの問題にすでに1970年初頭に気づいていたことだ(市井、哲学的分析)。歴史の流れとこの問題が実は交点を持つことになる。つまりナイトの言う根源的不確実性が、歴史の転換点の母体となる。

 

(参考)

・Mandelbrot B.,Fractals and Scaling in Finance,Springer,1997

  Part IV:The 1963 Model of Price Change.

・Mandelbrot B. and Hudson R.,The [mis]behavior of Markets

 Basic Books,2004

(邦訳)ベノア・マンデルブロ、リチャード・ハドソン、「禁断の市場」

高安秀樹監訳、雨宮絵理他訳、東洋経済、2008

・ロバート・ゲラー、日本人は知らない『地震予測』の正体、双葉社、2011

・室田泰弘、「予測の不確実性について」、日本経済研究,No.4,1975