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金融危機時の、日銀政策委員会・金融政策決定会合議事録を読む

金融危機時の、日銀政策委員会・金融政策決定会合議事録を読む

 2018.08.11

・2008年の金融危機から10年経ち、当時の日銀の政策決定会合の議事録が公開された。知人からそのことを教えられ、早速読んでみたが、はっきり言って気が重くなった。

 

・簡単に金融危機当時の状況を振り返ると、2008年3月にアメリカの投資銀行ベアスターンズがサブプライム問題で危機に陥り、5月にJPモーガン・チェースが救済合併した。そして同年9月にフレディマックとファニーメイがアメリカ政府の管理下に置かれ、さらにリーマン・ブラザーズが倒産した。またアメリカ最大の保険会社AIGをアメリカ政府が国有化した。9月29日NYダウが大幅下落、日経平均も暴落した。

 

・今回公開された日銀の議事録は、2018年6月12日と13日のものであり、2018年3月から9月にかけて金融危機の始まりの中間点に位置する。

 

・この議事録を読んで、2つのことを思った。第一は出席者がしっかりした経済観を持っていないことだ。経済観とは、たとえば経済企画庁(当時)の後藤誉之助が、敗戦後10年余で「もはや戦後ではない」(1956年)と喝破したり、またエコノミストの下村治が、戦後の復興景気が終わったとき、これから高度成長が始まると高らかに宣言したような、その時代時代の枠組みを洞察する基本的見方のことだ。

 

・後藤や下村のような超一流エコノミストと日銀エコノミストを比べては気の毒だが、日銀議事録を読む限り、「明日は今日の続き」といったのどかな議論を、難しい経済用語を交えて行っているような印象を受けた。例外は民間出身の水野温委員で、彼がせっかく問題提起をしても、ほかの委員にはぐらかされてしまっている。

 

 水野委員「ただ、今、鏡(筆者注:マーケットのこと)が非常にボラタイルで歪んでいる」

 某委員「敢えて歪んでいるということは不遜、傲慢だということだ」

・・・

 水野委員「複雑に歪んでいる」(議事録p127)

 

・もう一つの問題は、IT時代に即さない、日銀の分析体制だ。政策決定の議論のたたき台として、国際局が「海外経済・国際金融の現状評価」(資料3、2018年6月9日)を準備している。

 

・これをみると、様々な資料が引用されているものの、そこからは、一貫したストーリーが読み取れない。まして、金融危機の始まりを感じることはできない。会議資料として重要なのは、定量モデルを使って「what if」questionとその答えを、議論の場に提供することだ。たとえば、アメリカ景気が大幅に落ち込んだら日本経済はどうなるかを、モデルで検討してそれを提供すればよい。実際、為替レートは、金融危機の影響を受けて、2007年の113円から徐々に円高にふれ、2011年には80円を割った。こうしたシナリオが用意されていれば、会議の生産性向上に寄与しただろう。ちなみに当方で開発中のe予測はこれを目指している。

 

・このように述べてくると、「十年後の今(2018年)、すべての事情がわかってから日銀の失態を批判するのは、後出しじゃんけんではないか」と言われるかもしれない。しかしアメリカのFRB(日本の日銀にあたる)は、対応こそ遅れたものの、事前に危機を察知し、それに対する様々な検討を進めていたことを忘れてはならない。これが日銀とは大きな違いだ。

 

・たとえば金融危機の一年前に、当時ニューヨーク連銀総裁だったガートナーは、金融システムに固有なシステミック・リスクについてのシンポジウムを開催し、本人も複雑系との対比でみた金融システム固有の不安定性に関するセッションに積極的に参加している。つまり金融システムが従来とは異なるフェーズに入りつつあることを肌で感じていたのだ。

 

・もう一つ例をあげよう。2007年のFRB Kansas Cityのシンポジウムにおけるメインテーマは住宅金融と金融政策であり、そこでは当時連銀理事だったミシュキンが、サブプライム崩壊時のシミュレーションを発表している。

 

・さらに、欧米のエコノミストは、金融危機が読めなかったことをマクロ経済学自体の危機ととらえ、経済学の再構築を始めている。たとえばオックスフォード大学は、「マクロ経済学の再構築プロジェクト」を開始し、その機関誌Oxford Review of Economic Policyには、ブランシャール、クルーグマン、ハルデーンなどこの分野のトップエコノミストが、ポスト金融危機のマクロ経済学をのあり方を論じている。

 

・こうしてみると、日本の政策決定者の視野の狭さと、IT力に対する無知がいささか残念に思える。話は飛ぶが、第二次大戦のときも、意思決定者は”お仲間”だけを集め、幅広い議論をしてこなかった。たとえば海軍軍務局長の岡敬純少将は、日本の南部仏印進駐に際して、アメリカが石油禁輸に踏み切るとは考えておらず、「しまった」言ったという(保坂・半藤、p78)。

 

・日銀の議事録を読んで、保坂・半藤本を思い浮かべるのは、唐突だろうか。そこには、日本”エリート”の構造的欠陥が現れているような感じがする。

 

(参考)

・日銀、「政策委員会・金融政策決定会合議事録」、2008年6月12日、6月13日

・FRB of NewYork and National Academy of Sciences,"New Directions for understanding systemic Risk",2007

・Mishkin F.S.,"Housing and the Monetary Transmission Mechanism", A Sympsium by FRB of Kansas City,"Housing,Housing Finace,Monetary Policy",Sept.,2007

・保坂正康、半藤一利、「『昭和』を点検する」、講談社現在新書、2008