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日本の偉い人?

日本の偉い人?

 2018.06.10

 既に聞き飽きたろうが、財務省のトップ役人の不祥事が止まらない。財務省の役人と言えば、一応日本のエリートということになっている。それがこのザマだ。これはどう考えればよいのか。

 

 こうした例を見る度に思い出すのは、伊東正義氏の反骨精神だ。氏は農林官僚のとき、ときの農林大臣河野一郎の米自由化構想に反対し、食糧庁から別部門の東京営林局に飛ばされた(1955年)。そのとき、「なんだ東京か」と言ったのでさらに名古屋営林局に飛ばされたというエピソードがある。伊東氏はその後政界に転じ、外務大臣となる。首相候補といわれたが、それを辞退し、清貧で知られた。

 

 今の役人と昔の役人(伊東氏時代の役人)との違いを考えると、いくつかの点が目につく。

 

 第一に、今の役人は、大都市の良い家に生まれ、小さいときから受験勉強に励み、その結果有名私立(国立)中学に合格し、その延長で東大に行き、法学部を卒業し、役所に入るというパターンが典型だろう。これに対し昔の役人は、地方の官立伝統校(伊東氏の場合は旧制会津中学)を経て旧制高校(同じく旧制浦和高校)から帝大というコースが典型的だ。

 

 この結果、昔の役人は地方のことをよく知っていたし、また当時の経済状況から(一握りの人間しか大学に進めなかった)、自分より能力のある人間が旧制中学止まりで地域の企業に勤めるケースもよく見ていた。つまり日本の多様性(様々な人間のいること、それぞれがいろいろな立場で優秀な力を発揮すること)と、自分の置かれた位置の意味(恵まれたエリートとしての一種の義務感)を理解していた。

 

 これに対し、今の役人は、はじめから大都市に住み、中学から同じ階層(高所得の親を持つ)の子供だけとつきあい、正解のあるテストをいかに早く解くかだけに力を注いできた一種の”専門家”にすぎない。そのコンテストで勝ちぬいた結果、彼らはゆがんだ選民意識(自分は”頭が良い”のだから何をやっても許される)を持つようになる。さらに悪いことに、中学入試や大学入試で他の子供とランキング競争をやってきたので、そのランキングを社会序列と勘違いする。逆にこうした東大・財務省コースに乗れなかった子供は、ランキングが低いので、高級役人に頭が上がらなくなる。たとえばマスコミに居る人たちがこうした立場に置かれることがある。これではまともな取材もできないだろう。

 

 問題なのは、こうした日本の高級役人は、現代のエリート基準には当てはまらないことだ。今の世界を引っ張っているのは、ITキッズだ。彼らは多様な背景を持っている。たとえばグーグルのセルゲイ・ブリンはロシア生まれだし、テスラのイーロン・マスクは南アフリカの出身だ。こうした多様な背景に、超越した数学とプログラム能力が組み合わされていることが、現代エリートの条件だ。日本の高級役人はこうした資質を決定的に欠いている。日本のローカル・スタンダードは世界に通用しない。

 

 なぜ多様な体験がエリートにとって必要かは、電撃戦を編み出したグーデリアン(1888-1954)の足跡をみるとわかりやすい。彼は第二次大戦のドイツの軍人で、戦車、走行兵員輸送車、爆撃機を組み合わせ、スピードと火力で敵を圧倒し、素早く勝利を挙げたので有名である。これは電撃戦(Blitzkrieg)とよばれ、オーストリア併合(1938)、ポーランド侵攻(1939)、フランス占領(1940)などでドイツに大勝利をもたらした(以下の叙述はグーデリアンの自伝による)。

 

 その背景が面白い。グーデリアンは軍人エリートだったが、ドイツが第一次大戦で負けて軍備が縮小された結果(全部で10万人)、猟兵部門(当時のエリート)での昇進は望み薄となる。どうしたものかと考えていたところ、自動車輸送課なら士官ポスト空きがあるという。こうして彼は、自動車輸送課に転じるのだが、当時はこうした兵站部門は、ドイツでも脇役とみなされ、重きをおかれていなかった。しかしグーデリアンは第一次大戦のときに電信大隊に属したことがあるため、自動車+無線+飛行機を連携させれば、全く新しい戦闘部隊を作ることができることに気づく。

 

 しかしドイツ軍のお偉方は、彼のアイデアのすばらしさを理解できない。当時の交通兵督だったシュチプナーゲル将軍は演習場で彼の部隊と他の部隊との連合演習を禁止する。しかしグーデリアンはこれに屈しない。少数の理解者に支えられて自分のアイデアを徐々に具体化し、それが電撃戦の成功となって実を結ぶことになる。

 

 グーデリアンが傍流(自動車部隊や電信部隊)に行かず、主流の猟兵部隊にずっといたとしたら、電撃戦という発想はうまれなかったろう。こうした意味でも、日本の今の役人は、有名私立(国立)中学、高校、東大法学部、財務省という単線的な履歴しかないことの弱みに気づくべきだ。彼らの考えや行動には、なんらのおもしろみも感じられない。

 

 ちなみにグーデリアンは、1940年から1941年にかけて訪独した山下奉文率いる日本陸軍軍事視察団に電撃戦に関するレクチャを行っているが、日本側はその意義を理解したようには思えない。現代で言えば、グーグルのラリー・ペイジからITのキモを直接教えてもらうようなものだ。ちょっともったいなかった。

 

(参考)

ハインツ・グーデリアン、「電撃戦」、本郷健訳、フジ出版社、1974

徳田八郎衛、「間に合わなかった兵器」、光人社NF文庫、2001