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サービス業の生産性向上?

サービス業の生産性向上?

 2018.05.27

 最近の新聞を読むと政府は成長戦略の一環として、サービス業の生産性向上策を実施するようだ。たしかに、サービス業の生産に占めるシェアは69%(2016年、名目値、SNAベース)に達しており、この分野で生産性が向上すれば、経済成長にプラスの効果があるだろう。しかしよく考えてみると、これはやや先走りな考え方だ。なぜなら製造業はいざ知らず、サービス業の生産性をどう測るかに関しては、問題点が山積だからだ。

 

 英国のエコノミスト、ダイアン・コイルはこれを以下のように説明している。

「経済のなかにはどうしても測定しにくい部分があった。たとえば大半のサービスがそうだ。もともとGDPは、・・・物的資源をある時点でどれだけ利用したか・・・を測るために生み出されたものだった。・・・モノを測るのだから合理的でシンプルだ。一方でサービス部門では、統計の基礎となるデータが集まりにくい」(ダイアン・コイル、p89)

 

 サービス部門は、単にデータを集めにくいだけではない。そもそも経済財として、どのように定義するかさえはっきりしていない。このことは、英国の経済学者ヒルの古典的論文「財とサービスに関して」(1977年)を読めば、よくわかる。

 

 たとえば教育サービスを考えてみよう。教育の成果はどのようにして測ればよいか。進学校で生徒が優秀であれば、極端にいえば教師はなにもやらなくても、生徒が勝手に学んでくれるので、成果は上がるだろう。他方普通校では、教師の熱意、生徒に対する説明の巧みさなどが、成果を上げるのに役立つだろう。したがって教師の生産性をどのように測るかは、教師の労働時間だけからは、単純には決められない。

 

 同様の例は、音楽のライブにもいえる。演奏者と聴き手がうまく共鳴すれば、良いライブになるし、いかに演奏者が巧みだろうと、聴き手が冷めていれば、ライブはしぼんでしまう。つまり演奏者の生産性は、聴き手(このサービスの消費者)の反応次第で大きく変わってくる。

 

 さらにやっかいなのは、現在われわれはIT革新のさなかにいることだ。様々な技術が日々生まれ、それが新たなサービス産業を通じて、われわれの生活に影響を与える。たとえばアマゾンのあるときとないときで、人々の買い物パターンは大きく変わったろう。それはデパートの売上げを落とし、結果的にデパートの生産性を低下させたかもしれない。生産性を上げるという考え方の基礎には、アウトプットの中身が大きく変わらないことが、暗黙のうちに前提とされている。しかしアウトプット自体が大きく変わるとき、この指標は意味をなさなくなる。たとえば郵便局の生産性を上げることは大事かもしれないが、郵便がgメールに変わってしまえば、郵便局のサービスそのものが不要になる。

 

 こうしてみると、GDPという枠組みで成長を考え、それを伸ばす手段として、生産性(GDP/労働力)を考えるというのは、説明としてはわかりやすいが、現代的ではない。

 

 GDPという概念はたしかにマクロ経済の運営で、大きな役割を果たしてきた。アメリカ経済分析局(BEA)のランドフェルドが指摘するように、GDP統計が整備されてから、経済変動の幅(いわゆる景気の揺れ)は確かに小さくなった。しかしこれは「20世紀の偉大な発明の一つ」に過ぎず、21世紀には新たなアプローチが必要となる。

 

 われわれが開発しているe予測は、政府や公的機関などが発表する様々な政策や見通しを、受け手である企業や市民が、広い角度から検討する機会を与える定量分析ツールである。これを使えば、自分の手で、政策の意味やそれの妥当性をチェックすることができる。これもIT革新の成果を利用する一つのやりかただろう。

 

 本来こうした仕事は、大新聞の編集委員や、その分野に詳しい学者の仕事だろう。しかしこうした人たちは、政府の政策を、異なった角度から、定量ツールを用いて見直してみるという作業には不慣れなようだ。

 

(参考)

・「政府、サービス業の生産性向上へ マニュアル策定 今年度中に着手」、産経新聞、2017.12.17

・ダイアン・コイル、「GDP <小さくて大きな数字>の歴史」、高橋瑠子訳、みすず書房、2015

・Hill T.P.,"On Goods and Services",The Review of Income and Wealth,Vol.23,Issue4,Dec.1977,pp315-338

・Landefeld J.,"GDP:One of the Great Inventions of the 20th Century",Survey of Current Business,Jan. 2000