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ニコラス・タレブのアンチ・フラジャイル(反脆弱性)を読む

ニコラス・タレブのアンチ・フラジャイル(反脆弱性)を読む

2018.03.03

 タレブといえば、2008年の金融危機を予言したブラックスワンで有名な数理・哲学者だ。彼は中東生まれで、その思考には、数千年に及ぶ中東の知恵が詰まっている。 で主張しているのは、むしろさまざまな”ゆらぎ”(フラジャイル)が人の生き方や企業の活動にとってプラスの意味を持つと言うことだ。

昨年、彼のアンチ・フラジャイル(Antifragile)が翻訳され、日本語で読めるようになった。この本は、その背景が西欧の数理科学から中東の哲学まで及ぶので、訳者の苦労は大変だったと思う。

 

 ただしこの本のタイトル、「反脆弱性」にはちょっと違和感を覚えた。 なぜ「反脆弱性」ではまずいのかというと、このタイトルでは、脆弱性に対する反語としてアンチフラジャイルが受け取れるからだ。タレブが、この本で主張しているのは、むしろさまざまな”ゆらぎ”(フラジャイル)が人の生き方や企業の活動にとってプラスの意味を持つと言うことだ。

 ではどのようなタイトルが適切か?筆者がない知恵を絞っていろいろと考えてみたが、本の内容からして、「ゆらぎの効用」が適切かもしれない。ただしこれはセクシーでないので、出版元は喜ばないだろう。

 

 たとえば、剣道の北辰一刀流の構えにセキレイの構えというのがある。つまりセキレイの尾のごとく剣先を緩やかに揺らすことで、攻守どちらでもとれるよう体の柔軟性を保つやり方だ。体が硬直してしまえば、相手に打ち込まれてしまう。また攻め方も単調になりがちで相手に読まれてしまう。このセキレイの構えがアンチフラジャイルなのだ。

 

 ”ゆらぎ”といえば、約30年ほど前に、武者教授が、様々な効用をすでに指摘している。もちろんこの本には、マンデルブロート流の確率論議は抜けているが(ジフの法則は含まれている)、今読んでも、新鮮な感じがする。

 

 実は、この”ゆらぎ”は、人類や社会の発展のために、重要な役割を果たしている。この点を指摘したのが、複雑系の専門家でサンタフェ研究所のカウフマンだ。かれはランダムな突然変異こそが生命の発生や生物の進化に基本的な役割を果たしたことを指摘した。生きるということは、非平衡状態にあることであり、そこから生命という秩序(自己組織化)が生まれるという。これを拡大解釈すれば、われわれの住む現代世界は「つねに変化し続ける予測不可能な場所」(p62)ということになる。

 

 では経済学者の好きな「均衡」はどうなるのだろうか。カウフマンの言葉を借りれば「生きた系にとって平衡(=均衡)は死に対応する」(p100)。つまり経済学者が考えの基本に置いている(一般)均衡は、じつはシステムとしてみれば”死んだ状態”にあり、それ自体何の進展も生まないことになる。ここに現代経済学が2008年の金融危機を分析できなかった原因が含まれている(逆に言えば、タレブがこの点を洞察した前提がある)。これはまた別の機会に論じてみたい。

 

(参考)

・ニコラス・タレブ、「反脆弱性」、望月衛監訳、千葉敏生訳、ダイアモンド、2017

 Nicholas Taleb,Antifragile,Random House,2012

・スチューアート・カウフマン、「自己組織化と進化の論理」、米沢富美子監訳

  1999,日本経済新聞社

  Kauffmann S.,At Home in the Universe,Oxford Univ.Press,1995

・武者利光、「ゆらぎの世界」、講談社ブルーバックス、1980