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DSGEの黄昏

DSGEの黄昏

 2018.01.20

 ・DSGEといっても、エコノミスト以外にはあまりなじみがないかもしれない。これは

動学的確率的一般均衡モデル(dynamic stochastic general equilibrium model)と言って欧米の経済学部では、マクロ経済学の基本モデルとして教えられている。たとえて言えば、これを知らないとまともなエコノミストとしては扱われない、といった感じだ。

 

 ・しかし2008年の金融危機をきっかけとして、DSGEに対する逆風が吹いている。それはこのモデルが金融危機の発生を予測できなかったし、またその後の経過もうまく説明できなかったからだ。その点を説明するには、すこし時代をさかのぼる必要がある。

 

 ・マクロ経済学は、1929年の大恐慌から始まった。当時の経済学では失業と経済停滞を説明できず、そこにケインズ経済学が生まれた。これがマクロ経済学の出発点である。その後、マクロ経済学はアメリカでIS-LMフレームワークとして発達したが、1970年代のインフレをうまく説明できず、新たなマクロ経済学が発生した。

 

 ・それはミクロ経済学に基礎を置いたマクロと呼ばれ(micro_founded macro)、市場の最適化に基礎を置いたマクロモデルだった。消費者は将来にわたる消費を最適化し、企業は将来にわたる利益の最大化を図ることになる。

 

 ・こうしたモデルが発達した背景には、アローとデブリュー(エコノミストでノーベル賞を受賞)による一般均衡の存在の証明があるだろう(1954年)。このとき取られたアプローチが公理主義で、要するにいくつかの前提から結論を数学的に導き出すというやり方だ。公理主義そのものは、数学でも物理学でも今では万能ではないことがよく知られている(ゲーデルの不完全性定理)が、ともかくそのスマートさに数学好きなエコノミストが取り込まれ、論理的にすっきりしたマクロ経済学を構築しようとした結果がDSGEにつながったようだ。

 

 ・しかし2008年の金融危機に際し、このモデルはまるで有用性を発揮しなかった。当時FRB理事会議長だったバーナンキは次のように述べている。

 

 「これまで多くの秀才が難しい統計やモデルを用いて将来予測を試みてきた。その結果は失望的である。経済予測は気象予測と同じくきわめて複雑でランダムショックでフラれがちのシステムを対象としているからだ」(2009年,commencement address,May 22)。

 

 ・この議論は単なるDSGE無用論にとどまらず、マクロ経済学自体の再構築につながり始めている。つまり1929年の大恐慌がケインズ経済学を生んだように、2008年の金融危機は新たなマクロ経済学の誕生を必要としているのではないかと言うことだ。

 

 ・たとえばオックスフォード大学では、最近「マクロ経済学の再構築プロジェクト」を開始し、その機関誌Oxford Review of Economic Policyには、ブランシャード、クルーグマン、ハルデーンなどこの分野のトップエコノミストが、ポスト金融危機のマクロ経済学をのあり方を論じている(個人的に言えば、ハルデーンのアプローチがもっとも正統的に思える)。

 

 ・残念なのは、日本のエコノミストが、こうした世界の潮流からは周回遅れになっていることだ。たとえば内閣府経済社会総合研究所はDSGEモデル入門セミナを開催し、そこでは「マクロ分析ツールとして近年利用が進んでいるDSGEモデル」という紹介がなされている(2016年12月)。日本のエコノミストはもうすこし現実の経済状況とそれに対する分析の進展に敏感であるべきではないだろうか。

 

(参考)

・Vines D. and Willis S.,"The rebuilding macroeconomic theory project: an analytical assessment", Oxford Review of Economic Policy Vol.34,Num.1-2,2018,pp1-42

・Sandbu M.,"Rethinking macroeconomics", FT,Jan.17,2018

・室田泰弘、「変動期における経済予測とシミュレータの開発」、経済学論究、Vol71,No.2,2017.9