· 

新年の夢:Xプライズの面白さ

新年の夢:Xプライズの面白さ

   2018.01.01

  最近テレビなどで放映され、日本のHAKUTOが注目を集めている。これは名古屋大学出身のエンジニア袴田武史氏の率いるチームで、月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に日本から唯一参戦している。従来宇宙開発と言えば、NASAとかJAXA(宇宙航空研究開発機構)など政府主導の分野と思われてきたが、このXプライズ(XPRIZE)は民間主導で宇宙開発を進めるというまったく新しいアプローチだ。

 

 Xプライズに関してはガスリーの本が出たので、詳しいことはそれを読んで欲しい(参考文献参照)。ここではこの賞の果たした役割について考えてみたい。今の日本では、リスクの高い新分野への進出というと、まず政府の補助金を当てにし、次にいくつかの企業がコンソーシアムを組むことで、自社でリスクを取らずに乗り出すというやり方が取られる。いわゆる官主導や官民共同プロジェクトと言われるものがこれに当たる。Xプライズはこうしたやり方とは180度異なる。リスクが高く、誰もやったことのないことこそ、民間の創意で切り開くべきだというメッセージが、そこには込められている。

 

 ここで大事なのは、、Xプライズの背後にある”哲学”だ。話は飛ぶが、日本人でアイン・ランドの「肩をすくめるアトラス」を読んだ人はあまり居ないだろう。筆者も数年前に知人のアメリカ人から教えてもらうまで、この本のことを知らなかった。これを読んでわかったのは、この本には、Xプライズのみならずアメリカ人の考えの基盤をなす思想が含まれているということだ。この点については後に触れる。

 

 話をガスリーの本に戻すが、この本の主役はXプライズの創始者であるピーター・ディアマンテス(Peter Diamandis)とそれの第一回受賞者であるバート・ルータン(Burt Rutan)の二人である。ディアマンテスは家業の医者を継ぐためハーバードで医学を修めるが、宇宙への夢捨てがたく、MITで宇宙工学を学び、Xプライズを創設する。バート・ルータンは根っからの航空技術者で、自ら会社を興して独創的な新機体の開発に従事してきた。そのいくつかはスミソニアン博物館に展示されている。

 

 まずピーターの話から始めよう。ピーターが最初にXプライズのアイデアを同士とともに練った場所はコロラドのモントローズで、その場所は「ゴールト峡谷」と名付けられ、会議の名前も「ジョン・ゴールト」会議だった。「肩をすくめるアトラス」を読んだ方にはおなじみの名前だが、ジョン・ゴールトはこの本の主人公である。彼は、政府主導の経済計画や技術開発に納得できず、政府の干渉から有能な技術者を守るために山奥に理想郷を作る。

 

「ゴールト峡谷」はそれにちなんでいる。要するにピーターが民間主導で宇宙開発を目指した背景には、イアン・ランドの本がある。このことを理解しないと、彼の意図を読み違えることになる。

 

 次にもう一人の主人公ルータンについてみていく。彼は自分の会社をモハベ砂漠(カリフォルニア、ユタ、ネバダ、アリゾナにまたがる砂漠)に置いた。ここは「家賃が安く,飛行機を作って飛ばす場所があり、監視がほとんどない。連邦航空局の分類では、『非居住地域』とされ実験的な自作機を・・・飛ばすのにぴったり」(ガスリー、P354)な場所だったからだ。ところでモハベ砂漠と聞いて、「あそこだな」と思う人は、かなり自動運転車の開発過程に詳しいといえる。実は、自動運転の道を開いたDARPAグランド・チャレンジが最初に行われたのもこの場所だったのだ(2004年)。つまりモハベ砂漠は、新技術のテスト場所(宇宙ロケットや自動運転車)として理想的な条件を備えている。こうしてみると新しいアイデアがひらめいたとき、民間人が勝手に実験をやれる場所があることはイノベーションの実現に重要な役割を果たすことがわかる。他方で、日本では未だに規制が厳しく、自動運転の実験もままならないのが現実だ。

 

 最後に付け加えておくとすれば、こうした賞金システムは、世界中の知恵をかき集める仕組みとしてうまく働くということだ。ガスリーの本に出てくるが、Xプライズによって、ルーマニアのポペスク、英国のベネット、アルゼンチンのレオンなど、埋もれていた才能が日の目を見ることになる。日本のHAKUTOもその一例だろう。IT革新は世界を様々な形で変えつつあるが、実はそれは利潤原理による市場や、”賢明な政府”の政策がもたらしたものではなく、様々な才能をもった一個人がその夢を無我夢中で実現することで達成される。かって日本でも本田宗一郎のような官に頼らない独創的な民間技術者がいた(ホンダの創始者)。今の日本が官民共同によるAI開発などと唱えている間に、個人の才能が花開く世界は別な次元に進んでしまうだろう。

 

(参考文献)

・ジュリアン・ガスリー、「Xプライズ 宇宙に挑む男たち」、門脇弘典訳、日経BP、2017年4月。

・アイン・ランド(Ayn Rand)、「肩をすくめるアトラス」 第一部~第三部 、脇坂あゆみ訳、アトランティス、 2014年