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アメリカ軍のサイバー士官採用について思う

201.12.17

 新聞を読んでいたら、「米、民間からサイバー士官」というタイトルが目についた(日経、2017年12月11日)。IT革新など新分野に官庁や企業など既存の大組織が対応できないとき、専門家を部外から雇い入れるのはよく行われる。問題はこうした外部人材をうまく活用できるかどうかだ。アメリカは、日本と異なり、既存組織が外部の才能をうまく使うのに長けている。以下ポール・ケネディの著作(第二次大戦影の主役)に従って議論を進める。

 

 話はちょっと昔のことになる。第二次大戦のことだが、米軍は太平洋の島伝いに、日本に向かって進撃してきた。このとき活躍したのが米海軍建設大隊(CB,construction battalion)だ。この部隊を創設したのはベン・モリール(Ben Moreell,1892-1978)である。彼は非戦闘員として大将まで昇進した海軍唯一の人物である。モリールは民間人だったが、第一次大戦で入営し、軍事基地の建設に優れた才能を発揮し、当時海軍次官補だったルーズベルト大統領に見いだされた。1937年ルーズベルト大統領は彼を海軍造修局長官ならびに海軍工兵隊司令官に任命した。

 

 1941年、モリールは土木建設業界から人材を募って海軍建設大隊を創設するよう大統領に進言し、それは1942年3月に実現する。この部隊の肝心なところは民間出身の工兵隊将校が正規の海軍将校の上に立ち、彼らに命令できるというところだった。こうしてダムや国道の建設技術者、トンネルの採掘技術者、摩天楼の建設技術者などがこの大隊に集まり、その数は終戦時に32万人あまりに達したという。

 

 彼らは太平洋の島々に1,000本以上の滑走路、4,000本以上の桟橋、ガソリン1億ガロン分の貯蔵タンク、150万人分の兵舎を建設した。

 

 たとえばタラワ島では、占領後15時間後に、飛行場を使えるようにした。またテニアン、グアムなどでも占領後数週間以内に、航空基地を完成させ、そこからB29が日本空襲に飛び立った。

 

 残念ながら日本にはこうした発想はなかった。軍隊内でも、兵站を担当する部隊は「輜重輸卒が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち」などという形で一段下に見られ、彼らの意見がまともに取り上げられるようなことはなかった。

 

 要は、既存の大組織が、新技術に直面したとき、それを使える技術者を雇い入れるやり方だ。彼らに既存組織と渡り合える権限を与え、十分な処遇を与えることが必要だ。建設大隊を生み出したモリールは偶々ルーズベルト大統領の知遇を得て、既存の組織の抵抗を打ち破ることができたともいえるが、これはアメリカでは例外ではない。たとえば航空戦力が戦争において大きな役割を果たすことがわかったとき、米軍では、仮に航空将校の位が他の海軍将校の位より低くても(新分野だから当然そうなる)、彼らの意見をきちんと聞くようなルールが確立されていたという。

 

 話を現代に戻すが、日本でも、サイバー関連の専門家を中央官庁や警察が雇うことはあり得るだろう。しかしこうした人たちに既存組織の上位者に対して、命令できるような権限を与えないと、その才能を活用することは難しい。

 

 IT革新の今日、日本の既存組織に必要なのは、新たな外部タレントに対する思い切った権限移譲だろう。

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(参考)

ポール・ケネディ、「第二次大戦影の主役」第5章、伏見威蕃訳、日本経済新聞社、2013年