年末になり、各シンクタンクは来年の景気見通しを発表する。その中でも大和総研のそれは、しっかりしたマクロモデルを利用し、その結果を詳しく示すため、信頼度が高い。
今年の大和総研の結果を見ていたら、巻末に補論としてマクロリスクシミュレーションが出ていた。そこでは為替レート(各期10円/ドル高)、原油価格(各期20%上昇)、世界経済成長率(各期1%低下),長期金利(各期1%上昇)が個別に生じた時の、マクロ経済の結果が示されていた。
2008年の金融危機から10年が経過し、低金利と低物価が続く現在、こうしたマクロ・リスク分析の必要性が高まっている。この点を少し論じてみたい。
・金融危機の前年にニューヨーク連銀と全米研究会議(Natioanl Research Council)が共同で行ったシステミックリスクに関するシンポジウムは今見ても示唆に富んでいる。これは当時ニューヨーク連銀総裁だったガイトナー(後の財務長官)の肝いりで行われた。
・ここでは金融システムのシステミック・リスクを複雑適応系(Complex Adaptive System)ととらえ、エコロジー分野のモデルの適用性が具体的に検討されていた。残念ながらその議論は、金融危機には間に合わなかったが、少なくとも対処方には若干の貢献があったと思われる。この点に関しては、イングランド銀行のハルデーンの論文に詳しい。
・今回の金融危機の基本的問題点は、経済システムを安定均衡系ととらえ、それは経済政策によって、(主としてネガティブ・フィードバックを掛けることにより)維持可能と考えたところにある。しかし経済学者が頼りがちな一般均衡は、アロー・デブリューの論文をきちんと読めばわかるように、均衡の存在は証明されているものの、安定な単一均衡の存在を示したものではない。つまり一般均衡においては、多重均衡が普通なのである。こうしたシステムにおいては、政策立案に際して費用効果分析は役に立たず、経路依存を前提としたリアル・オプション分析を使わねばならないことになる。
・また不安定なシステムを安定化させるのに、ネガティブ・フィードバックを掛けるやり方は複雑適応系においては、うまくいかないことがある。
・こうして考えてみると、複雑適応系からなるシステムに身を置くわれわれとしては、マクロ・シミュレーションによって将来のリスクファクターを具体的な形で見ておき、その場合の対処法を考えておくのが今できる最善のやり方だろう。
・まず必要なのはリスクファクターを見いだし、それがマクロ経済にどのようなインパクトを与えるかを具体的に見ていくことだ。この意味で最初にあげた大和総研のマクロリスクシミュレーションは時宜にかなっているといえる。
・しかし一歩話を進めると、これではまだ不十分である。たとえばリスクファクターが組み合わされた場合(例:円高と世界経済の失速)どうなるのか、また計算結果がすぐ手元でわかることも大事になる。そうでないと、危機の発生に迅速に対応することができないからだ。
・e予測はまさにそのためにある。誰でもが手元で、原油価格の変化や為替レートの変化があったとき、マクロ経済や日本の産業構造にどのような影響があるかをリアルタイムに見ることができるからだ。(動画はコチラから)
(参考)
・Haldane A.,May R.,"Systemic Risk in banking ecosystems",Nature,2011,Vol.469
・National Research Council, "New Directions for Understanding Systemic Risk",
National Academic Press,2007
・室田泰弘、「変動期における経済予測とシミュレータの開発」、経済学論究、Vol.71,No.2,2017