経済学の”医原病”

経済学の”医原病”

  2017.04.01

・最近テレビで、トヨタの発展を巡るドラマが放映され、特に第一部はおもしろかった。これは2014年に放映されたものを再編集したもののようだ。

 

・ただし話を面白くするためか、乗用車開発がドラマの中心となっており、ちょっと違和感を覚えた。

 

・トヨタは、他社と異なり、乗用車開発に当たり、外車のライセンス生産から始めず、自社路線を堅持したことは事実だ。しかし乗用車が実際に実用領域に達したのは、トヨペット・クラウン(1955年発売)からであり、ドラマが扱う戦前や終戦直後の時には、率直に言って、乗用車は実用の域に達していなかった。

 

・日本の自動車メーカーが世界トップになった現在では、想像もできないことだが、当時の日本車の評価は特に海外では低かった。

 

・アーサー・ヘイリーのベストセラー「自動車」には、日本車に関して以下のような記述が見られる。

  「『どれだけ品質が向上しても』と、メカニックはいった。『日本車だけはそれと無関係ですね--すくなくともこのがらくたを作った日本の工場だけは」(P338)

 

・これは小説だからやや誇張が見られるが、エンジンの馬力不足、ボディの剛体不足、電装品の不良など、数々の困難があり、トヨタが輸出に踏み切り始めたのは、コロナ・ティアラの頃からだろう(1960年代)。

 

・それはさておき、ここでの論点は別にある。それは当時の日銀総裁一萬田尚登とトヨタで自動車開発に邁進した豊田喜一郎との対話である。

 

・一萬田は、日本経済の現状からして、自動車生産は無理であり、優秀な車を作るアメリカに任せるべきだという。これは当時ユーザとして力のあったタクシー業界の意図でもあったと言われる。

 

・これに対し豊田は、日本経済の将来を支えるのは、自動車産業であり、これを育てることが日本経済の発展につながると説く。

 

・経済学的に言えば、比較優位論と幼稚産業育成論の対立である。

 

・当時の”優秀な”経済学者なら、一萬田の議論に賛成しただろう。なぜなら、比較優位論は精密な数学的論理の上に立つのに対し、幼稚産業論は、感性的な主張にすぎないからだ。実際のところ、その後途上国は競って自動車産業の育成を試みたが(例:マレーシアのプロトンなど)、うまくいったケースはあまり多くない。

 

・しかし日本の発展を支えたのは,間違いなく自動車産業であり、いかに論理的説得性がなかったにせよ、豊田路線が正しかったことは、現在では誰もが認めることだろう。一見整合性のある、鋭い議論が現実にはむしろ役立たないことの一例だ。

 

・ブラックスワンの著者タレブは、こうした状況を、医原病(iatrogenics)的と評している。医原病とは、医者にかかったことで、むしろ病気が重くなる現象のことだ。有名な例としては、アメリカの初代大統領のワシントンの早まった死は、当時の最先端医学の適用にあったと言われている。

 

・経済学の場合に戻れば、理論にこだわり、現実を見ないと”理路整然と間違う”ことが生じる。経済学者がすべてをわかったように、難しい数学モデルを使って、現状を明快に割り切り、様々な政策提言を行う。それを役人やマスコミが後生大事に扱う。こうした現状を見るにつけ、一萬田と豊田との論争が頭に浮かぶのは、時代遅れなのだろうか。

 

(参考文献)

1)本所次郎、「日銀管理」,光文社文庫、2014

2)アーサー・ヘイリー、「自動車」、永井敦訳、新潮文庫、1979

3)Nicholas Taleb,Antifragile,Random House,2012

 

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