e予測の意味


1.経済予測は不可能だ。

2.それでも経済予測のニーズはある。

3.これまで経済予測は不要だった。

4.21世紀に入り、事情が変わった。

5.将来に関する見方を変える必要がある。

6.ここでのアプローチ。

7.この仕組みの汎用性。


1.経済予測は不可能だ。

  • 天気予報が可能なのは、最大2週間まで。それ以上の長さの予測はできない。アメリカの気象学者ロレンツが見出した。これはどんなスパコンを持ってきても同じこと。初期値の変化に、結果が敏感に反応するため。
  • 同じことは地震にも言える。リヒターの法則というのがあり、地震がいつどこでどの規模で発生するかを予測することはできない。これは砂山モデルと言われている。図のように、砂山の構造はモデル化できても、それがいつ崩れるかは予測できない(図-1)。日本のゲーム、将棋倒しと同じ。

出所:Per Bak,”How Nature Works”

  • 経済予測も同じ。基本的に将来のことは予測できない。

2.それでも経済予測のニーズはある。

  • 人間活動は将来を見通して行わねばならないことがある。たとえば企業の投資。有力な商品を将来市場に投入したい。その商品を生産する工場を今作らねばならない(意思決定)。どの規模で、どのような工場を作るかは、将来の商品需要、将来の商品価格が分からなければ(もしくは想定しなければ)、投資はできない。
  • 将来のことが分からないのに、どうやって投資の意思決定を行えばよいのか(経済予測の基本ジレンマ)。

3.これまで経済予測は不要だった。

  • これまで、この問題(経済予測の基本ジレンマ)は、あまり問題にならなかった。それは我々が生きてきた20世紀後半には、経済予測を行う必要がなかったからだ。
  • アメリカの経済学者ゴードンは、20世紀を「特別な世紀」と名付け、そこでは産業革命による経済成長のピークが生じたことを示した(図-2)。この時代には、毎年高めの経済成長が達成され、一人当たり所得が増え続け、自動車や家電品の普及が各家庭で進んだ。これは資本主義の黄金時代といってもよい。人によってはこの時代のことを、自家用車をシンボル化する形でフォーディズムとよんでいる。

出所:Robert Gordon(2012)

  • この時代には、現状の数パーセント増しの規模拡大を想定すれば、将来の姿は確定された。つまり経済予測が不要だったわけだ。

4. 21世紀に入り、事情が変わった。

  • 21世紀に入って状況が一変した。
  • 「特別な世紀」は終わりを告げた。したがって成長持続の時代から、成長失速の時代に突入することになった。成長という枠組みを失って、将来は突如として不確実に満ちた時代となった。
  • この転換を象徴するのが、2008年に起きた金融危機だ。当時アメリカ連邦準備制度理事会の議長だったバーナンキは、米国議会で何が起こっているかを聞かれ、「わからない」としか答えられなかった。同じことは英国でも起こった。英国の経済学者が女王から同じことを聞かれ、返答できなかったのである。
  • 将来が読めないときこそ、経済予測が必要になる。予測なしに人は行動できない。ではどうすればよいか。

5. 将来に関する見方を変える必要がある。

  • 過去と将来は全く異なる事象であることを認める必要がある。哲学者のポパーは「過去は閉じており、未来は開かれている」と述べた。つまり過去はわかっているが、将来のことはわからない。これが経済社会本来の姿であり、「特別な世紀」は例外的な時代だ。「特別な世紀」が終わった現在、過去を延長することで将来は求められない。”トキ”は過去から未来へと流れ、現在は過去と未来の接点となる(図-3)。
  • 経済学でもこうした見方がまったくなかったわけではない。たとえばポール・デービッドは、将来の軌跡はちょっとしたことで分岐するため、事前にその方向を判別することはできないと指摘した(経路依存性)。しかしこれは例外で、通常経済学の議論は、過去も未来もない、一般均衡という枠組みの下で構築される。このアプローチは、「特別な世紀」にはそれほど悪いアプローチではない。未来は過去の線形的拡大にすぎないからだ。しかし未来が不確定な時代には、役立たない。
  • 不確実な将来を見通すためにはどうすればよいか。

6.ここでのアプローチ。

  • 不確実な未来を見通すために、マン・マシンシステムによる試行錯誤の繰り返しを行う。つまり人間の知恵(ビジョン・パート)とコンピュータ(シミュレーション・パート)の高速な計算力を組み合わせ、両者の結果をメルティング・ポット(るつぼ)に投入する。
  • メルティング・ポットは当事者の作業場所であり、そこでは多様な洞察を集合知という形で発酵させる。そこで仮説が改良され再びビジョン・パートとシミュレーション・パートに投入される。この繰り返し過程の中で、徐々に未来の姿を浮かび上がらせる。このマン・マシンシステムは、数学者ビンジの言うIA(Intelligence Amplifier,人間の知恵をコンピュータが増幅し、新たな可能性を生む)である。

これを図で表すと以下のようになる。

  • ビジョン・パート(人間の知恵)は、将来に対する様々なビジョン(仮説)の提示を行う。
    大まかな形での将来取り得る方向を示すことになる。つまり将来社会の基本枠の設定である。
    その例としては、明治維新がとるべきビジョンを明確にした坂本龍馬の「船中八策」やエコノミスト下村治の「戦後の高度成長の予言」があげられる。
    こうした将来ビジョンが人間集団の将来を規定する(非平衡領域における自己組織化現象)。
  • シミュレーション・パート(コンピュータ)は将来の経済構造を探るための探索ツールである。
    このシミュレータは、複雑な経済モデルをサロゲート化という手法を用いることにより、短時間のうちに解いて、将来の経済構造を各種想定の下に具体的な数字で示す。
  • メルティング・ポット(るつぼ)では、様々な専門家や利害関係者が一堂に集まることにより、ビジョンと数値解を組み合わせて将来の姿を模索する。
  • これはイテレーション(繰り返し)システムである。つまり仮説の提示と想定の異なる計算、一堂に会したメンバーによる議論を繰り返すことにより、新たな解を求め、将来の姿を漸近的に模索する。

7. この仕組みの汎用性

  • e予測シミュレータは、”マン・マシンシステム”を使った繰り返し作業による漸近的接近プロセスによって、不確定な将来を探るための仕組みである。
  • このシステムを使って様々な可能性を検討することにより、将来の姿がおぼろげに見えてくる。これは、闇夜で行灯を照らすことにより、道の先行きを見定めることに似ている。
  • この手法は、考察対象も探索手法も明確でなく、それ自身を模索せざるを得ないとき、よく使われる。
    たとえばソフト開発の手法として、アジャイル・ソフトウェア開発(agile software development)がある。これはプロジェクト開発者と注文主が一堂に会し、ソフトの試作品の開発、それのチェックと改良点の示唆、さらにソフト内容の変更と改良という反復作業を行うことにより、ソフトの機敏で能率的な開発を行う手法である(適応型開発手法)。
    これに対し、あらかじめ開発内容とソフト作成手順を事前に詳しく決めてから開発を行う従来型の手法はウォーターフォール開発手法と呼ばれている。
  • e予測シミュレータは経済予測のアジャイル版といってよい。
   (参考)
   Rasmusson J.,「アジャイルサムライ」、西村直人、角谷信太郎監訳、近藤修平、角掛拓未
   訳、オーム社、2011年