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GDPのたそがれ

GDPのたそがれ

  

GDP(国内総生産)といえば、今ではエコノミストだけでなく、一般人までが「もうちょっとGDPがのびればねえ」などと使う普通名詞になっている。

 

たしかに一国の経済状態(景気や経済成長の実態)を見るには、GDPは便利な指標だ。しかしその有効性が今や問われている。ここには2つの問題がある。第一は、GDP統計のもつ欠点である。第二はGDPが現在の先進国経済の状態を見るのに役立たなくなり始めていることだ。GDPは「20世紀最大の発明の一つ」と呼ばれているが、21世紀にもその有効性を保つだろうか。英国の経済評論家、ダイアン・コイルが最近この問題を取り上げた著作を発表した(Dian Coyle, GDP, Princeton Univ. Press,2014)。この本は、上の問題をわかりやすく整理している点で、夏休みにおすすめの本だ。

 

GDPが様々な問題点を持つことは、すでに知られている。第一はGDP統計に何を含めるかだ。よく言われるのは、主婦の家事労働がGDPに含まれていないことだ。また逆に含めるべきではない項目もある。コイルの本に出てくるが、最初にGDP統計が作られたとき、政府活動もしくは国防支出を含めるかどうかは、大議論になったという。今日的な問題としては、環境問題のコストと効果をどのようにGDPに反映させるかという問題がある。石炭発電でCO2排出量が増えたとしても、発電活動は今のGDP統計ではプラスに加算される。ちなみに成長率が1.15%だったなどという議論があるが、これはGDP統計の精度を無視した議論だ。モルゲンシュタインの古典的な研究を引くまでもなく、GDP統計の誤差はおそらく5%以上あり、しかも景気の状態(好景気と不況)でそのバイアスは異なるからだ。

 

第二の問題である。現在の経済構造にGDP統計がそぐわなくなっている問題は、深刻だ。まず第一にGDP統計はIT革命の成果をうまく表現できない。PCやスマフォの性能と価格は大きく変化する。通常ヘドニックというやり方で対応を試みるがうまくいっていない.第二に、Gメールに代表されるような“フリー”なサービスは対象外である。なぜなら価格=0だからだ。さらに2008年の金融ショック以降はっきりしたことだが、サービス部門の評価をGDP統計がうまく扱えないという問題がある。GDP統計は工業化時代の産物であり、またそれにふさわしいものなのだ。たとえて言えば、現在の先進国経済をGDPでは計るということは、40代の成人の健康状態を身長で計るようなものだ。

 

 

ではどうすればよいか、ということになるが、おそらく21世紀の経済情勢にふさわしい指標が開発される必要があるのだろう。一つの視点はビッグデータと人工知能(AI)をうまく活かすことだ。ミクロ経済学で有名なバリアンがグーグルのチーフ・エコノミストを勤めているのは、このあたりを狙っているのだと思う。しかしこの分野は始まったばかりであり、日本のエコノミストもセンスとITスキルさえあれば、十分チャンスをものにできるだろう。重要なのは、コイルの著作が経済学の新たな胎動の一つであることだ(INTERNATIONAL STUDENT INITIATIVE FOR PLURALISM IN ECONOMICSを参照)。その意味で英国エコノミストの動きからは眼が放せない。