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ティッピング・ポイントの分析ツー

ティッピング・ポイントの分析ツール

  2024.03.24

・地球温暖化問題で、急激な気候変化が起こる境目をティッピング・ポイントという。より身近な例でいえば、冬山の雪崩を思いだせばよいだろう。筆者も体験しているが、前触れなしに、音もなく急激に雪が崩れ、体が埋まっていく瞬間だ。

 

・この問題を分析した論文としてはLenton (2008)が有名だ。最近この分野に進展があった(Lohmann etal, 2024)。それは中間ティッピング・ポイント(ITP,intermediate tipping points)という概念の導入だ。つまり一つの状態からもう一つの状態への遷移を、瞬間的でなく、様々なサブシステムが徐々に変化し、多重均衡が現れ、そしてついに別の状態へと移るという連続系でとらえたわけだ。

 

・たとえて言えば、ビルが崩壊するとき、まずどこかの柱が崩れ、それが他の柱への荷重負担となってそれの崩壊をもたらし、その連鎖によって次第にビルが壊れていく状態のモデル化だ。

 

・このモデルは、大西洋南北熱塩循環 (AMOC,Atlantic meridional overturning circulation)を対象にしている。ここでの問題は、この循環が真水流入によって止まってしまう現象だ。これは、映画「デイ・アフター・トゥモロー」を思い出してもらえばよい(2004)。この映画は、AMOC停止によって、熱塩循環が止まり、暖流が来なくなる結果、イギリスが急激に寒冷化する状態を描いている。その原因は、温暖化によって南極の氷が解け、それが大西洋への真水流入となり、AMOCを止めてしまうことによる。

 

・いずれにせよ、あるシステムが、一つの安定状態から別の安定状態へと変化する過渡状態に関する分析が進みつつある(上記論文ではStommelやBudykoの業績を引用している)。

 

・話は日本の政治的現状に飛ぶ。今の日本の政治は奇妙な安定状態にある。与党の支持率は徐々に低下しているが、かといって野党の支持が高まるわけでもない。「支持政党なし」が増えており、これは不満層増大の表れだろう。

 

・この間電車に乗っていたら、中高年のおじさん二人が、「国会中継を見ていたが、あれはひどいな」と声高にしゃべっていた。これは今の政治に対する庶民の実感だろう。つまり日本の既存政治システムは表面上落ち着きを見せながら、じつは不安定さを増している。この話にあまり納得しない人は、たとえばNHKで放送された「下町・南千住 コロッケパン物語」(2022)を見るといい。そこに出てくる庶民は、声高に政治不満を述べるわけではない。しかしそれぞれが難しい問題を抱えている。問題はそれがいつどのような形で顕在化するかだ。

 

・最初の温暖化モデルに戻るのだが、要するにシステムが転換するときには、まず小さいところにほころびが生じ、それが方々に波及し、そして一見強固に見えた現システムが、あるとき急速に崩壊していく。日本政治も、いまはその過渡期の始まりのようにみえる。その分析には中間ティッピング・ポイント(ITP,intermediate tipping points)を考慮したダイナミックなモデルが必要だろう。予見なき急速な転換は大きな政治コストをもたらすからだ。

 

(参考)

・Johannes Lohmann,Henka Djkstra etal,,"Multistability and intermediate tipping point of the Atlantic Ocean circulation",Science,22 Mar.2024

・Lenton T.M.,Held H.,Kriegler E.,Hall J.W.,Lucht W.,Rahmstorf S.,”Tipping elements in the Earth’s climate system”,PNAS,Feb.12,2008,vol.105,no.6

・NHK「下町・南千住 コロッケパン物語」 2022年10月7日