・石油市場に関しては、シェールオイルの登場、中国やインドの需要増大、温暖化問題をめぐる化石燃料制約の問題など、さまざまな論点が渦巻いている。
・これを見事に整理したのが、BPのチーフ・エコノミストであるスペンサー・デールだ。これまでオイル・エコノミストというと、業界で長い経験を持ち、インサイダー情報的なものを整理して“売り”とする人が多かった。デールは英国銀行(Bank of England、日本の日銀にあたる)のチーフ・エコノミストを長年務めた本格的な経済学者で、しかも金融やマクロ経済にも造詣が深い(ただしいつも筆者が引用する英国銀行のホールデンとはなかなかいわくがありそうだが、これは本題ではないのでカットする)。
・彼のビジネス・エコノミクス年次総会における講演は以下のとおりである(2015年10月13日)。
・石油(市場や価格など)の分析に関しては、従来のエネルギー経済学ではなく、新たな経済学が必要になっている。そのポイントは以下の通り。
1.石油は再生不能(non-exhaustible)エネルギーではない。
・従来、石油などは再生不能エネルギーとして扱われ、それの分析にはホテリング定理が使われてきた。
・しかしこの常識は覆されつつある。
①過去35年を見る限り、石油消費1兆バレルに対し、石油資源の増加はそれを上回っている。つまりR/P比は低下しつつある(エネルギー経済学の技術用語に関しては、室田[1984]を参照)。
②温暖化問題の深刻化に伴い、地球の平均気温2度規制が論じられるようになっている。この場合、化石燃料は余ることになる。現在の化石燃料の既存埋蔵量を使うと2.8兆t-CO2が生じるが、2度規制のもとでは1兆t-CO2しか使えない。
③アメリカのシェールオイルの登場。
*2010年以降、アメリカのシェールオイル生産は450万バレル/日増加した。これは世界市場の5%を占めるにすぎないが、原油価格低下に大きな役割を果たした。
*フラッキング(水圧破砕法)は従来の石油採掘手法とは異なり、“製造業的”(manufacturing type)である。したがって供給増減は市場に応じて迅速に行われる(従来の石油採掘が数年単位で調整するのに対し、週単位で調整が可能)。しかも“製造業的”なので、技術革新による生産性向上が容易である。
2.石油の供給弾力性は非弾力的ではない。
・シェールオイルの影響。上に述べたように数週間で供給調整が可能。また一つの油井からの生産は1年程度で急に低下する。→シェールオイルに対する投資と生産との間のラグが従来型石油に比べて極めて短い。
・ただし問題なのは、こうした特性のため、従来型石油生産に比べ、シェールオイルの生産は短期的な金融市場の動向に左右されやすい。
3.石油の売買相手の変化
・従来は中東が石油を掘り、それを欧米が購入するというパターンだった。しかしこれらの国では需要が減りつつある。
・これに代わって、中国とインドが新たな買い手として台頭しつつある。今後20年にわたり石油輸入増の6割はこの両国によるものだろう。
・アメリカは2005年に1200万バレル/日の石油を輸入し、世界最大の輸入国だった。しかし過去8年のうちに輸入量は半減し、2030年初頭には自給できるようになる。これはドル高を導こう。
4.OPECは原油市場の安定化機能が限られる。
・OPECは、原油市場のかく乱に関しては、調整能力を発揮する。例:2008年の金融危機で原油価格が135ドルから35ドルに低下したときは、OPECは生産量を300万バレル/日削減し、市場の安定化を行った。
・しかし電気自動車の登場のような構造要因には、対応できない。
・アメリカのシェールオイルは、柔軟な供給で、市場の安定化に寄与するが、他方で金融要因に動かされるため、市場のこの面からの不安定性をもたらす。
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以上がデールの議論だが、きちんとした経済学的論理と、現実の変化をみながら平明に問題を分析しており、エネルギー経済学の分野では、突出している。
・日本の場合、エネルギー・エコノミストは、残念なことに、経済学の知識に欠けるか、もしくは特定の石油企業に密着した、近視眼的な情報しかもっていない。おそらく例外は故有沢広己氏ぐらいだろう。中国の台頭、中東情勢の混迷化の今日、世界情勢に対する見識と十分な経済学的知識を備えたオイル・エコノミストが日本にも必要だろう。
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(参考文献)
Dale S.,”New Economics of Oil”, Society of Business Economists Annual Conference,Oct.2015
室田泰弘、「エネルギーの経済学」、日本経済新聞社、1984
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