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サレイマンの「来るべき波(The Coming Wave)」を読む

サレイマンの「来るべき波(The Coming Wave)」を読む

 2024.01.07

 

・サレイマンはシリア系英国人で、デミス・ハサビスとともにディープ・マインド社を創立した現代AIのけん引役の一人(彼も、他のIT天才と同じく名門オックスフォード大学中退)。なおディープ・マインドはグーグルに2014年に400億ポンドで買収されたことは記憶に新しい。現在彼はインフェクションAIを主宰(ウィキペディアによる)。

 

・サレイマンはAI先達の一人だけに、本書はAI開発の当事者でなければ書けない、現場からの体験談に満ちている。以下主な点を要約する。

 

 *「来るべき波」は、AIと遺伝子工学(biotechnology)からなる。これらは人類の歴史を変えた火の使用、車輪の発明、電気の活用に比肩する大発明だ。この波は、食料増産や温暖化抑止など人類の課題解決に大きく役立つが、他方で様々な問題を引き起こす。しかしその進展を人類が制御していくことは極めて難しい。

 

 *この技術の一番の特徴は、汎用技術(general-purpose technologies)であること。したがってこれは、多方面の用途に役立ち、自ら発展し、そしてその効果は非対称的かつ自己増殖的である。

 

 *この技術によって、現存の世界政治経済秩序は大きく揺れ動かされる。サイバーアタック、ドローン、ロボットなどが日常的な存在となり、経済活動や戦争手段まで変えてしまう。また遺伝子工学は、寿命の延長だけでなく遺伝子操作された赤ん坊の誕生を可能にする。

 

 *こうした技術の波をどのように抑制していくか(containment)が本書のメインテーマだ。その意味で著者は、自らを、原爆開発(マンハッタン計画)に携わったが、自らの発明品である核の恐ろしさを訴えたオッペンハイマーになぞらえている(同書、p121)。具体的な抑制策として、①技術的安全性の確保、②監査、③チョークポイントの制御(チョークポイントとは、技術発展のカギを握るポイント:原義は海洋国家の地政学における概念のひとつであり、 シーパワーを制するに当たり、戦略的に重要な海上水路のこと:ウィキペディア)、④企業・政府・国際組織の関与、⑤文化的要素などをあげている(同書p275)。

 

・以上が本書の簡単な要約だ。残念なことに、ここで論じられているAIの波に日本の姿はほとんど見えてこない。

 

・日本がこうした技術革新の新しい波に乗れない一つの理由は、既存体制が制度疲労しているからだ。たとえば、日本は、21世紀の先進国の義務である海外からの移民受け入れすらうまくできていない。実は、AIの進展には移民が欠かせない。たとえば、このイノベーションを主導するのは、イーロン・マスク(テスラの創始者)にせよ、ここで取り上げたサレイマンにせよ、移民もしくはその2世だからだ。これはユーチューブの開発者にも当てはまる(スティーブ・チェンなど)。なぜそうなるかは面白いテーマだが、これは別稿で取り上げることにしたい(ヒント:マックス・ウェーバーの古代ユダヤ教)。

 

・AIという新たな技術の波は”現代の黒船”だ。日本は、江戸時代と同様、こうした大波を一切無視して、鎖国したままで居るつもりだろうか。

 

(参考)

・Mustafa Suleyman & Michael Bhasker,The Coming Wave,Penguin Random House,2023

・根本かおる、「難民鎖国ニッポンのゆくえ」、ポプラ新書、2017